
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
刑事事件で起訴されて被告人となり、裁判で有罪となっても必ず刑務所に収容されるとは限りません。「執行猶予」となれば、刑務所には収監されず、社会内で生活を続けることも可能です。
しかし、執行猶予が認められるか否かは、事件の内容や被告人の態度、そして弁護士の弁護活動によって大きく左右されます。
本記事では、執行猶予の基本から、執行猶予となる条件、ケースごとのポイントや弁護士の役割まで詳しく解説します。なお、この記事では刑法25条の刑の全部の執行猶予について記載しており、同法27条の2の刑の一部の執行猶予については基本的に念頭に置いておりませんので予めご了承ください。
執行猶予期間中の注意点や執行猶予の満了等についてはこちらの記事もご参照ください。
目次
第1 執行猶予とは何か?
執行猶予とは、裁判で拘禁刑(改正前であれば懲役刑・禁固刑)の有罪判決が下された際に、刑の執行(刑務所への収監、服役)を一定期間猶予し、その期間を問題なく過ごせば刑の執行自体を免除するという制度です。
反対に、執行猶予が付かなければ刑務所に収監されることとなり、そのような判決を「実刑」「実刑判決」などといいます。
たとえば、「懲役3年、執行猶予5年」といった判決が下された場合、5年間の執行猶予期間中に再犯などがなければ、実際には刑務所に入ることなく、判決は効力を失います。
第2 法律上の執行猶予の条件等
法律上の規定(条文)
刑法25条は「刑の全部の執行猶予」につき以下のように定めています。
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
二 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
2 前に拘禁刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が二年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、この項本文の規定により刑の全部の執行を猶予されて、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
条文自体はやや複雑かと思いますが、どういった場合に執行猶予が認められるのか、以下で解説していきます。
判決自体が拘禁3年以下であること
執行猶予となるためには、そもそも判決が拘禁(懲役・禁固)3年以内である必要があります。
拘禁4年以上の判決であれば、そもそも法律上執行猶予の対象とはなりません。
なお、執行猶予中に再犯をしてしまった場合の再度の執行猶予のためには、2年以下の拘禁とさらに厳しい条件となっています。
また、法律では50万円以下の罰金の場合も執行猶予がありえますが、実際のところは罰金の判決に執行猶予が付されるのはまれであり、基本的には拘禁(懲役・禁固)の場合が執行猶予の対象です。
前科等
執行猶予の条件として、前科関係も関係してきます。条文は複雑ですが、単純化すると
- 拘禁刑(懲役・禁固)の前科がない場合
- 拘禁刑等の前科があっても、服役等を終えて5年が経過している場合(≒累犯前科がない場合)
- 保護観察なしの執行猶予中の再犯であるものの、拘禁2年以下となり特に酌量すべき場合
と理解いただければと思います。
③のいわゆる再度の執行猶予が付されるのは「情状に特に酌量すべきものがあるとき」とされていますが、①、②の場合でも情状面で酌量の余地があるかは極めて重要です。
また、③の場合には判決自体が2年以下のものである必要があり、この点でも厳しい条件となっています。
第3 ケース別の執行猶予が認められるためのポイント
窃盗・詐欺・横領等の財産犯
お金などを盗んだ、だまし取ったなどのいわゆる財産犯の場合、どのような判決となるか、執行猶予となるか実刑となって刑務所に行くかは、被害額の大きさと被害弁償に大きく影響されます。
逮捕等されたり、起訴されて裁判になってからであれば、重視すべきはどれだけ被害弁償をできるか、またそれを踏まえて被害者の処罰感情(絶対に長期間刑務所に入れてほしい、裁判官に任せる、寛大な処分を求めるなど)がどのような内容となっているかです。
被害弁償や示談(示談時点での被害者の処罰感情等)は、示談書という形で証拠化し、捜査機関や裁判所に提出することができます。
また、共犯事件の場合では、被害総額のうち、どれだけが自分自身の利益となったかや共犯者間での役割や立場の差、共犯者からも被害弁償がされているかなども考慮されることとなります。
特殊詐欺(振り込め詐欺、オレオレ詐欺など)の場合、同種犯行を繰り返して被害総額が大きくなりがちであるほか、社会問題となっていることから裁判所の判断も非常に厳しいものとなりがちですので、特に注意が必要です。
暴行・傷害等の暴力事犯
暴力をふるった、傷害を加えたなどの暴力事犯の場合も、暴行の内容、傷害の重さ、被害弁償や示談を踏まえての被害者の処罰感情などが重視されます。
ただ、財産犯の場合、基本的にはお金で被害が回復できるのに対し、暴力事犯の場合は必ずしもそうではありません。
財産犯では処罰感情にはそこまで影響がなくても、金銭的に被害が補填されていれば裁判所は考慮してくれる場合が多いですが、痛みやケガとなると、治療費やそれ以上の金銭が支払われていても十分な被害回復がなされたなどという評価はしにくく、被害者側も許すとはなりにくいですし、そうである以上裁判所の評価もやや限定的なものとなりえます。
だからこそ、早期に誠実な対応をし、謝罪や被害弁償等を行って被害者の感情にも配慮することが必要となってくるでしょう。
不同意性交、不同意わいせつ、痴漢、盗撮、児童ポルノ等性犯罪
性犯罪の場合も、被害者がいれば被害弁償や示談、被害者の処罰感情は極めて重要です。
さらに、被害者から許しを得ることは暴力事犯以上に難しい側面がありますし、誠実かつ真摯に対応していくことが不可欠です。
他方で、密室で発生する場合も多く、言い分が食い違ったりすることもありますし、同意の有無やその誤解が問題となる場合もあります。こういった場合に、どこまで自分の主張を通すか、またそうしつつどのように示談交渉等を(するのであれば)進めるのかなどは非常に難しい判断となりえます。
痴漢で被害者が特定できない場合や児童ポルノの所持などでは、被害弁償をすべき相手が特定できない場合もあります。その場合、弁護士を通じて贖罪寄付をするという方法もあります。
痴漢や盗撮等では、依存症と診断される場合もあり、適切な診断を受け、治療等の措置を行っているかが重視される場合もあります。性犯罪についても再犯率が高いことから、実刑とすべきか執行猶予でよいかは再犯防止や更正の環境が整備されているかどうかも重要なのです。
覚せい剤、大麻、MDMA等の薬物事犯
薬物事犯は数ある犯罪類型の中でも、特に再犯率が高いものです。
また、単に同じ薬物を使用してしまうだけでなく、より依存性等の高い薬物に手を出したり、薬物の代金を工面するためにその売買など他の犯罪にも手を染めてしまう場合も散見されます。
単純な所持、使用では初回は執行猶予となる可能性も十分にありますが、古いとはいえ前科があったり、また執行猶予中の再犯で再度の執行猶予を獲得したいといった場合には、更生と再犯防止の十分な環境整備等はもちろん、本人の強固な意志も示すような弁護活動が必要です。
また、薬物事犯の場合、「刑の一部の執行猶予」の対象となる可能性も小さくありません。
これは刑法27条の2以下に定められている制度で、一定の実刑に復することが前提となるものですが、収監されている期間が短くなり、早期の社会復帰を可能としうるものですので、一部執行猶予が付されることも被告人にとっては望ましいといえるでしょう。
殺人等の重大事件
強盗致傷や殺人等の重大事件では、裁判員裁判の対象となり、検察官の求刑(どのような刑とすべきかについての検察の意見)も非常に重いものとなりがちですし、執行猶予を獲得することは容易ではありません。
検察官も裁判官も基本的には実刑を想定することが多いでしょうし、検察官が明確に実刑を求め、「もし執行猶予となったら検察側は控訴するぞ」という姿勢を打ち出すこともあります。
そのような中で執行猶予を獲得するには、共犯事件であれば立場や役割、反省と謝罪、被害弁償と示談、さらには周囲の協力も得ての環境整備など、想定される全てを的確に行い、かつ最大限裁判官に伝わるように主張しなければなりません。
普通に考えれば実刑だろう、という中で、この件については執行猶予にすべきだという特別な事情を主張し、裁判官や裁判員の理解を得なくてはならないという姿勢で臨むべきです。
第4 執行猶予を獲得するための弁護士の役割やポイント等
1 犯情(起訴された事実に関する事情)に関する弁護活動
犯罪の類型には様々なものがありますが、どの類型においても被告人(被疑者)が行った犯罪行為の具体的内容やその結果がどのようなものかは、どのような判決となるか、執行猶予がつくかどうかにおいて極めて重要です。
例えば財産犯であれば計画性や巧妙さ、被害金額そのものが最も重要ですし、傷害等においても行った暴行の内容や傷害の重さが重要です。また、共犯事件であれば、誰が主犯なのか、犯行の中でどのような枠割を果たしたのかなども重要です。
もし、「これは自分が盗んだものじゃない」「2回殴っただけでそれ以上の暴行はしていない」「自分は誘われた立場で共同正犯ではなくせいぜい幇助犯(犯行を容易にした立場)だ」など、起訴された事実に真実と異なる点があれば、真実を主張すべきでしょう。
ですが、検察側の主張は基本的に証拠に基づくものですし、闇雲に実際はこうだった、と主張しても認められるとは限りません。具体的根拠や合理性を伴った主張をするとともに、検察側の証拠関係を的確に把握して弾劾する必要があり、そのような実力を有した弁護人のサポートが必要不可欠です。
また、起訴された「公訴事実」そのものではなくとも、動機や経緯、犯罪から自分自身が得た利益、共犯者間での立場なども、検察側の主張は事実とは違うという場合もあるでしょう。そういった場合もやはり検察側の主張・証拠を乗り越えて真実を理解してもらうためには、刑事裁判に精通し、相手方の戦い方や裁判官の考え方も熟知した弁護士の力が必要です。
2 被害者との示談交渉等
窃盗や詐欺横領、傷害や性犯罪等、被害者のいる犯罪類型では被害弁償や示談ができているか、また示談を通じて被害者が被告人(被疑者)を許しているかや処罰についてどのように考えているかも極めて重要です。
示談が成立するか否かは、提案する金額等ももちろんですが、どのように立ち振る舞うかも極めて重要です。
被害者側も人間である以上、同じような条件でも、どの段階で交渉するか、どのような態度で交渉に臨むかなどで結論が変わることもありえます。実際に被害者やその代理人と交渉等をするのは弁護人であり、誠実さはもちろん、刑事事件に精通し、事件や被害について知識や経験を有している弁護士が対応することで、相手方の感情を損ねるリスクを低減することもできるでしょう。
また、示談といってもその内容は千差万別です。
金額等の条件も重要ではありますが、示談書の中で被害者が完全に被告人を許して執行猶予つきの寛大な判決を希望するなどとまで言ってくれる場合もあれば、単に示談したというだけの内容の場合もあり、判決に与える影響も異なるものとなりえます。
示談の内容面から考えても、刑事事件に精通し、判決に影響するであろう示談内容とするよう交渉できる弁護士が望ましいでしょう。
さらにいえば、示談書を証拠として請求したとして、検察側が何もしないわけではありません。
通常、検察官等が被害者に改めて連絡し、示談内容が真実であるか、本当に納得した上でのことなのかなどを尋ねますし、もしそこで被害者が「実際の気持ちは違うけど弁護士に言われるままにサインした」などと言えば、その発言をまとめた証拠を検察側が請求してくる場合もありえます。このような事情も踏まえ、示談に際し、真摯に説明するとともに被害者の理解を得られるような弁護活動を行うことも重要です。
3 更生する環境の整備等
覚せい剤や大麻等の薬物事犯、盗撮や痴漢の依存症、また万引きを繰り返してしまうクレプトマニア(窃盗症)などの再犯率の高い犯罪類型は、裁判官としても再犯のおそれや更生の可能性を特に重視して判決を検討します。
刑務所での矯正等を受けることなく社会内で更生できるであろう、再犯はしないであろうという判断に至らなければ、執行猶予を獲得することは困難です。
ただ、「心から反省しています。もう二度としないと誓います。」などと言うだけでは裁判官の信用を得ることは難しいと言わざるを得ません。
実もふたもない話ですが被告人はほぼ全員そう言いますし、そう言っていたにもかかわらずまた犯罪を犯した被告人を裁判官は飽きるほど見ています。特に同種前科がある場合や、執行猶予中の再犯で再度の執行猶予を得たい場合にはなおさら信用を得ることは難しいでしょう。
そのような中で執行猶予判決を獲得するためには、再犯防止や更生のための具体的な環境等を整え、かつそれを裁判官に的確に伝える必要があります。
具体的には、家族や職場、友人等へ指導監督を依頼するとともに、上申書や情状証人としての証言といった形で立証したり、専門的なクリニックや自助グループ等にサポートを求め、そこにおける治療やプログラムの内容や参加計画等も証拠として提出したりなどです。
もし勾留中であれば、そもそも弁護士の活動がなければこれらの準備は困難ですし、どのような施設のどのようなサポートを得るか、指導監督の内容を実効的なものとしそれをどう法廷で伝えるか(情状証人として出廷してもらう場合、検察からの反対尋問にどう対応するかなどの事前準備等も必要になります。)などについても十分な知見を有した弁護士の力が必要です。
第5 お気軽にご相談ください
執行猶予は、被告人にとって、刑務所に収監されて実際に服役することになるのか社会内で再出発のチャンスを得られるのかという極めて重要な制度です。
刑事裁判で執行猶予を獲得するためには、事案の内容や証拠関係を適切に把握した対応が不可欠であり、刑事事件の知識や経験はもちろん、検察官や裁判官の考え方も把握している弁護士による専門的な弁護活動が有効です。
実刑や刑務所への収監を回避するためには、早期に経験豊富な弁護士に相談し、最善の対策を講じることが重要です。
上原総合法律事務所は,元検事(ヤメ検)の弁護士8名(令和6年10月31日現在)を中心とする弁護士集団で,迅速にご相談に乗れる体制を整えています。
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