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弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
放火殺人事件や通り魔殺人事件などで「被疑者・被告人に対して精神鑑定が実施される」というニュースを耳にしたことがあると思います。
また「責任能力がないと主張」「心神喪失・心神耗弱であったと主張」などといった内容を耳にすることもあるかもしれません。
令和元年における精神障害者及び精神障害の疑いのある人(以下「精神障害者等」と言います。)の検挙人数は以下のとおりです(令和2年版犯罪白書より。以下同じ)。
刑法犯の総数では、検挙人数のうち約1%が精神障害者等です。
罪名別に検挙人数中に精神障害者等が占める割合をみてみると、
放火罪:検挙人数の15.2%
殺人罪:検挙人数の9.8%
脅迫罪:検挙人数の2.8%
強盗罪:検挙人数の2%
と、放火や殺人などの重大犯罪について、検挙人数中に精神障害者等が占める割合が大きいことが分かります。
このような精神障害者等が被疑者・被告人となっている事件においては「責任能力」が問題になり、検察官や裁判官が責任能力についての判断をするために、医師による精神鑑定が行われることがあります。
精神能力は、刑事責任能力が問えるのか、つまり、犯人は罪を問えるような精神状態で犯行を行ったのか、ということを専門の医師の診断や診察等によって判断するものです。
この記事では、元検事(ヤメ検)の弁護士が、責任能力や精神鑑定などについて詳しく説明します。
目次
「責任能力」とは何か
刑事事件においては、責任能力がない人については刑罰を科されません。
具体的には刑法は以下のように定めています。
第三十九条 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
「心神喪失」とは、責任能力がない状態(責任無能力)のことをいいます。
「心神耗弱」とは、責任能力が減退している状態(限定責任能力)のことをいいます。
つまり、犯罪をしたとしても、責任能力がないとされれば、無罪になりますし、責任能力が減退していたとされれば、刑が減軽されることとなります。
また、起訴される前の段階でこれらの事情が分かっていれば、不起訴という判断に繋がることもあります。
心神喪失と判断される場合はもちろんですが、心神耗弱に留まる場合にも、その他の事情も考慮して不起訴(起訴猶予)となることもあります。
「是非弁別能力(理非弁識能力)」と「行動制御能力」
刑事法の考え方として、自分のすることが悪いと分かっていて止めることができたのにわざと犯罪を行ったのだから罰を受けるべきだ、というものがあります。
裏返して言えば、自分のしようとしていることが悪いことかどうかも分からない、あるいはそれは分かっていても自分の行動をコントロールできない、という場合には刑事責任を問うことはできない、という考え方です。
思いとどまって違う選択もできたのに、犯罪をすることを選んだという点に処罰の根拠が見いだされるのです。
この「自分のすることが悪いと分かり、自分の行為を止めることもできる」というのが責任能力です。
責任能力は、自分のしようとしていることが悪いことだと分かる能力(専門的には、是非弁別能力、理非弁識能力などと言われます。以下、「弁識能力」といいます。)と、悪いことをしないよう、自分の行動をコントロールする能力(以下、「行動制御能力」といいます。)」に分けることができます。
弁識能力と行動制御能力の両方があって初めて「責任能力がある」として有罪判決を言います(完全責任能力と呼ばれます。)。
対して、精神の障害により弁識能力または行動制御能力の一方でもなければ、犯罪行為をしても無罪となります(責任無能力と呼ばれます。このことは刑法第39条第1項で「心神喪失者の行為は罰しない」という形で記載されています。)
つまり、犯罪を行った人でも、精神の障害によって、やっていい事・悪い事の区別が困難な状態であったり、悪い事だとは分かっているけれど自分の行動をコントロールしてやめることができない状態であった人など(もちろん、弁識能力も行動制御能力もない場合も含みます。)は「責任能力がない」と判断され、刑事処罰を受けませんし、これらの能力の一方又は両方が減退している場合(「限定責任能力」などと呼ばれます。)には罰を軽減されたりするのです。
このように、責任能力があるか否かで罪に問われるかどうかが変わるため、責任能力が争われる事件では、精神鑑定を実施し、責任能力があるか否かが判断されることとなります。
責任能力を判断するうえで重要なポイント
責任能力を判断する上で大事な点は、「犯行当時に」「精神の障害により」弁識能力や行動制御能力が失われていた、あるいは減退していたか否かです。
責任能力は、精神障害ゆえに罪を犯した人の刑を減免する制度なので、被疑者・被告人に精神障害があるのかはもちろんのこと、その精神障害が犯行にどの程度影響を与えたのかなどが重要となります。
精神の障害があったとしても、その障害の影響ではなく元々の人格に基づく判断によって犯した場合は責任能力があると判断され、罪に問われることとなります。
※裁判においては、「元々の人格に基づく判断による犯行なのか精神の障害による犯行なのか」や「精神障害が犯行に影響を与えたのか与えていないのか」の判断自体が大きな争点になり得ます。
「精神鑑定」とは何か
このように、責任能力の有無は、刑事裁判の結果に大きな影響を与えます。
責任能力の判断は、医師による精神鑑定を参考に、裁判官が判断します。
判断するのは裁判官ですが、専門家である医師の鑑定は裁判官の判断に大きく影響を与えます。
また、起訴前の段階であれば、医師の判断を踏まえ、検察官が起訴不起訴の判断をすることとなります。
この精神鑑定には、大きく分けて2つあります。
精神鑑定の類型と手続
1つ目は、簡易鑑定と呼ばれる精神鑑定です。
簡易鑑定は、数時間の面談を踏まえて医師が簡易な鑑定書を作成するものです。
起訴前の勾留期間中に1日で行われることが多く、比較的軽微な事件で行われることが多いです。
また、精神疾患等が疑われる場合に、まずは簡易鑑定を行った上で、より詳しい鑑定が必要と思われる結果であった場合に後記の鑑定留置等を行う場合もあります。
簡易鑑定については被疑者の同意を得て書面を作成した上で行われるのが一般的です。同意が得られない場合には鑑定処分許可状を取得した上で実施されることもあります。
2つ目は、鑑定留置又は本鑑定と呼ばれる精神鑑定です。
鑑定留置は、2〜3か月かけて行われる鑑定で、ニュースなどでよく聞く「精神鑑定」はほぼ鑑定留置を指しており、殺人事件等の重大事件の際に行われることがほとんどです。
鑑定留置を実施している間に外に出られることはほぼないため、長期間留置されることになります。また、鑑定留置を行っている期間は勾留日数としてカウントされないため、被疑者段階で鑑定留置が行われた場合、鑑定留置が終了した後に起訴されるか否かが決まります。ですので、鑑定留置が行われる場合、逮捕された数か月後に起訴される、ということも珍しくありません。
※鑑定留置については鑑定留置とは?行われるケースや期間、その後の流れなどについて元検事の弁護士が解説の記事もご参照ください。
精神鑑定では、犯行当時に精神の障害があったか否か、その精神の障害はどのようなもので、弁識能力・行動制御能力に影響を与えたのかどうか(どの程度与えたのか)、などを判断します。
精神障害の代表的なものは、統合失調症、解離性障害、覚醒剤精神病などです。人格障害や発達障害、知的障害なども「精神の障害」に当たります。
なお、心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは最終的に裁判所(起訴前の段階であれば検察官)が判断するため、仮に精神鑑定書に「心神喪失である」「心神喪失ではない」旨の内容が記載されてしたとしても、鑑定書通りの判断になるとは限りませんし、医師は法律上の判断まではしないのが一般的です。
責任能力がない・減退していると認定された場合
精神鑑定等の結果を踏まえ、検察官や裁判官は被疑者・被告人に責任能力があったのかを判断します。
具体的には、動機が理解可能なものか、計画性のある犯行なのか衝動的な犯行なのか、違法だと分かっていたのか、元々の人格と犯行時の人格に違いがあるか、犯行に一貫性や合理性があるか、犯行後に証拠隠滅をしたかなどを総合的に考慮して判断がなされます。
検察官は、責任能力がなかった(心神喪失・責任無能力)と判断した場合には不起訴にしますし、起訴された事件について裁判官が責任能力がないと判断すれば無罪判決が言い渡されることになります。
責任能力が減退していた(心神耗弱・限定責任能力)場合、その他の事情も考慮して検察官によって不起訴にされたり、起訴された場合にも完全責任能力の場合と比べ軽い刑が言い渡されることとなります。
※不起訴(嫌疑不十分)については嫌疑不十分とは?不起訴となるためのポイントや処分までの流れについて元検事の弁護士が解説の記事もご参照ください。
※不起訴(起訴猶予)については起訴猶予とは?元検事の弁護士が不起訴との違いや起訴猶予獲得のポイントを解説の記事もご参照ください。
※執行猶予の獲得については執行猶予を獲得するには?元検事の弁護士が執行猶予となるための弁護活動や条件について解説の記事もご参照ください。
※無罪の獲得については無罪を勝ち取りたいの記事もご参照ください。
なお、心神喪失や心神耗弱とまでは言えなくても、精神の障害が犯行に与えた影響が大きいこともあります。
このような場合にも、その他の事情を考慮して不起訴とする場合もありますし、起訴された場合にも量刑を判断する際に考慮されることがあります。
令和元年の不起訴の理由が「心神喪失」だった人は427人、一審判決の主文が「心神喪失」を理由に無罪になった人は2人います。このように、心神喪失や心神耗弱で不起訴や無罪になった人について、その治療や社会復帰の促進、他害行為の防止等のため、医療観察制度や措置入院といった制度というものがあります。
医療観察とは
医療観察制度とは、心神喪失又は心神耗弱の状態で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、不同意性交等、不同意わいせつ、傷害等)を行った人について、症状の改善や再度の他害行為の防止を図り、社会復帰を促進することを目的とした制度です。
「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」という法律(心神喪失者等医療観察法)により、検察官は、心神喪失又は心神耗弱を理由に不起訴にした場合及び心神喪失又は心神耗弱を理由に無罪判決又は執行猶予判決が言い渡された場合に、原則として、裁判所に対して医療観察の申立てを行うこととなります(例外的に、社会復帰促進のために医療を受けさせる必要が明らかにない場合は申し立てが不要です。)。
令和元年には、274名が医療観察を申し立てられました。医療観察を申し立てられた場合、精神病院において2〜3か月の間鑑定のための入院が行われます。この274名のうち、212名が入院決定、23名が通院決定となり、申し立てられた人のほとんどに対して治療が行われています。
入院決定の場合は、指定の医療機関において手厚い専門的な医療が提供されるとともに、退院後の生活環境の調整もなされます。退院後及び通院決定の場合、原則3年間、指定された医療機関において医療を受けることとなります。
これらのような手厚い医療及び生活環境の調整等を行うことにより、再度の他害行為を防止して社会に復帰することを目指します。
精神福祉保健法に基づく措置入院等
精神保健福祉法において、検察官は、精神障害やその疑いのある被疑者を不起訴としたり、執行猶予判決となった場合で、心神喪失者等医療観察法に基づく申立てをしない場合には、都道府県知事等に通報をするものとされています。
その通報を受け、指定医の診察を経て、精神障害のために自傷他害のおそれがあると認められた場合には、精神病院等に措置入院となることがあります。
また、精神福祉保健法では、措置入院や本人の意思による入院とならない場合にも、精神保健指定医の診断と家族等の同意で入院させる医療保護入院という制度も設けられています。
刑事事件のご相談は上原総合法律事務所へ
事件当時に精神疾患等を抱えており、それが犯行に影響した可能性がある場合、精神鑑定によってそのような事情が明らかになれば、不起訴や無罪、執行猶予等につながる可能性があります。
他方、元々通院歴があるなどでなければ精神疾患等が見逃されてしまう可能性もありますし、疾患があったとしてそれがどのように犯行に影響したのかなどは、鑑定や取調べ等において正確に伝えなくてはなりません。
ご家族が逮捕されてしまったなどといった状況では、家族としては不安が大きいところかと思われますが、通院歴、服薬歴、事件前後の様子などの情報が重要になることがあります。
早い段階で刑事事件に詳しい弁護士へ相談し、必要な資料や情報を整理した上、捜査機関への主張等も適切に行っていくことが重要です。
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