従業員に横領の疑いがあるが証拠がない場合どのように対応すれば良いか 元検事の弁護士が解説

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弁護士 上原 幹男

弁護士 上原 幹男

第二東京弁護士会所属

この記事の監修者:弁護士 上原 幹男

司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。

刑法において業務上横領とは、「業務上自己の占有する他人の物を横領すること」を指します。従業員が、業務上会社から預かっている金品を自分のものにしてしまうという場合が典型例です。刑事事件としての捜査や訴追は警察・検察が行うものですが、従業員が横領行為をした場合、雇用主である会社も懲戒権を行使することが考えられます。

この記事では、従業員が業務上横領を行っていると疑われるものの証拠がない場合に、会社がどのように対応すべきなのか等をわかりやすく説明します。

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1.業務上横領の立証は容易ではない

従業員が会社の金品を横領している疑いがある場合、会社としては、業務上横領を放置することはできませんから、厳正な対処が急務ですが、そのためには証拠が必要です。
会社は、業務上横領の証拠が不十分であるにもかかわらず、あいまいな見立てで従業員を犯罪者扱いすることを避けなければなりません。

もっとも、従業員が業務上占有している会社の財産を横領する意思を有していたと立証することは簡単ではなく、証拠がないために会社として対応が難しい場合もあります。理由の一つとして、従業員は業務上会社の財産を管理していることが多く、会社のためではなく自己の物として占有していることを、証拠によって明らかにすることが難しい点が挙げられます。
例えば、懲戒解雇に関するものとして次の裁判例があり、横領を立証することの難しさを示しています。業務上横領に関しては、万全の証拠確保が必要なのです。

【裁判例】那覇地判平成10年12月2日・琉球バス事件・労働判例758号56頁

路線バスの運転手Xは、運転中に、運賃箱(ワンマン運転用の運賃受取機器)が正常に作動しなかったため、乗客から手渡しで受け取った運賃の千円札を4つ折にたたんで太ももの下に挟んでいたところ、会社は運賃の横領行為だと主張し、懲戒解雇としました。
しかし、運転手は、終点の営業所で会社に引き渡すつもりだったと主張し、終始一貫して横領行為を否定し、懲戒解雇の有効性を争いました。
裁判所は、運賃箱が正常に作動しなくなったときの対処方法は、明確な指導がなされておらず、営業所や各運転手の対応に委ねられていたとしたうえで、運転手が横領の意思で乗客から運賃を受け取ったかどうかを検討しました。そして、「バスの運行中に運転手が横領の意思で運賃を領得したと認めるためには、運転手の行為が、受け取った運賃に対する被告(運転手)の支配を排除し、自己の支配下に納めたものと認められるような程度に至っており、終点の営業所において被告に引き渡す意思のないことが客観的に認められるような状況が必要である」という基準の下に、運転手の各行為について検討し、運転手の横領の意思を否定して、懲戒解雇を無効としました。

2.業務上横領が発覚したときの会社の対処方法

従業員による業務上横領行為が疑われた場合、会社はどのように対処すべきでしょうか。
通常は事実関係が不明であったり、証拠がない状態がスタート地点だと思われます。そこで、会社は、まず事実調査を行い、事実関係を把握する必要があります。

事実調査の内容は、①客観的な証拠の収集②本人、関係者の事情聴取です。
そして事実調査は、①、②の順番で行うことが重要です。
客観的証拠の収集より先に本人の事情聴取を行えば、疑われていることを本人が知ることとなります。そうなると、本人の証拠隠滅を誘発してしまいます。
そのような事態を避けるために、客観的な証拠の収集を先行させ、事情聴取はその後に行うべきです。

2-1. ①客観的な証拠の収集

従業員が横領を行っているという疑いが生じた場合に、会社としては、どのような客観的証拠を、どのようにして集めるべきでしょうか。
収集すべき客観的証拠は、事案次第ですが、以下のようなものが考えられます。

スーパー等のレジ係による業務上横領行為が疑われる場合

スーパー等でレジの金銭が着服されている疑いがある場合、まずは、防犯カメラの動画を確認します。

従業員がレジ内の金銭を取り出してポケットに入れる様子や、客から受け取った金銭をレジに入れずにレジ台の下に隠す様子が防犯カメラで撮影されていれば、その動画は業務上横領行為の直接的な証拠になります。

ただし、横領行為が長期間、反復されていたときは、1回の横領行為の動画だけでは、全損害に対する犯行の決定的な証拠にはなりません。「今回が初めてです」と言い訳をされると、疑わしいものの、他の犯行の直接的な裏付けとはいえないからです。

また、現在、レジはコンピュータと接続され、出入金の時刻・内容や、当時のレジ担当者名を逐一記録する機能を備えていることがあります。この場合は、その記録を確保し、分析することが大切です。

取引先から集金した金銭の業務上横領行為が疑われる場合

取引先から集金した金銭を従業員が横領している疑いがある場合は、業務上横領行為があったと疑われる時期の金銭の出入りを証明する書類(領収書、請求書等)を収集します。

領収書等で、取引先が支払いを済ませていることが確認できたにもかかわらず、その金銭が会社に入金されていなければ、業務上横領行為の重要な証拠といえます。

会社の商品の業務上横領行為が疑われる場合

例えば、会社の商品が保管されている倉庫の管理を任されている従業員が、商品を持ち出して横流しをしている疑いがある場合、防犯カメラに当該従業員が倉庫から商品を持ち出している様子や、商品を私物のバッグに隠す様子等が記録されていれば、業務上横領行為の証拠となります。

また、商品の発注書、納品伝票、在庫管理表等を精査して、あるはずの商品が失われている事実を確認することも、重要な証拠集めです。

2-2. ②本人、関係者からの事情聴取

前に述べましたが、業務上横領は法律上の要件が複雑で、証拠集めが難しい事案です。
そして、十分な客観的な証拠がないために、それだけで業務上横領行為を裏付けることが難しい場合もあります。

そこで、本人、関係者の事情聴取が重要な証拠となります。
事情聴取の際は、できるだけ具体的な事実(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように)を聴取することが重要です。
本人の事情聴取において、単に「横領しました」、「申し訳ありません」等と漠然とした事情を聴取しても、それだけでは事実調査としては不十分です。

本人の事情聴取の際には、次の点に留意してください。

自白を強要しない

例えば、「本当のことを言うまで帰さない」と述べたり、多数人で取り囲んで質問をしたり、テーブルや壁を叩いて威嚇しながら質問したりすれば、たとえ自白が得られたとしても、その供述の信用性は高くありません。
本人からの事情聴取にあたり、強要等は厳に慎むべきです。

強要等がないことを明らかにするために、事情聴取の全過程を録画・録音することも考えられます。

事情聴取書を作成する等して聴取内容を証拠化する

本人が業務上横領行為を認めた場合、その内容を記載した事情聴取書を作成します。

業務上横領行為を認めた供述の録音・録画が得られていれば、事情聴取書の作成は不要とも思われます。
しかし、事情聴取における本人の供述は、たとえ全体としては犯行を認める趣旨であっても、結論を曖昧にぼかしたり、二転三転したりして、本当に業務上横領行為を認めているのかにつき疑問の余地を残してしまう場合もあります。
そこで、録音・録画の役割は、あくまでも強要等がなかったことを明らかにするものと考え、それとは別に、犯行を明確に認める事情聴取書を作成すべきです。

事情聴取書で被害金額を特定する

事情聴取書では、横領した金額を具体的に特定して記載すべきです。
横領行為は、長期間にわたり反復継続することが多く、本人も着服した金品の総額を正確に認識していない場合が珍しくありません。その場合でも、本人から横領行為の時期や内容について具体的に聴取をしていき、可能な限り金額を特定することが後の損害賠償請求等においても有益です。

もちろん、事情聴取の段階で、被害総額は不明という場合もあるため、帳簿等から確実に横領されたといえる最低額がわかっているのであれば、事情聴取書では「少なくとも〇〇円」という記載をしても構いません。

事情聴取書は直ちに作成する

事情聴取書は聴取実施後直ちに作成すべきです。
たとえ本人が業務上横領をしたことを認めても、後から、前言を覆して否認に転じるケースはいくらでもあります。事前に十分準備し、横領行為をしたと認めたら、必ず、その時に事情聴取書を作成し、内容に誤りがないことについて本人の署名をもらうのがベストプラクティスです。

2-3. 業務上横領行為の証拠が不十分な場合

業務上横領行為の証拠が不十分の場合、次のような事態が想定されます。

解雇が無効と判断されるおそれがある

業務上横領行為を行った従業員を懲戒解雇処分としても、その証拠が不十分だと、司法手続において解雇が無効と判断されるおそれがあります。
訴訟等に発展すれば、解決まで長期間を要します。
また、解雇が無効と判断されれば、従業員を職場に復帰させたうえ、休業中の賃金(バックペイ)を支払わなければなりません。これは会社にとって大きな損失です。

損害賠償が認められない

従業員に対して損害賠償を請求したとしても、業務上横領行為の証拠が不十分だと、その行為をした従業員の違法行為を立証できず、損害賠償は認められなくなります。

刑事処分されない

業務上横領行為の証拠が不十分な状態では、たとえ刑事告訴しても、起訴できるだけの証拠がないため、不起訴処分となる可能性があります。

会社が虚偽告訴罪で告訴されるおそれがある

証拠が不十分なまま従業員を業務上横領罪で刑事告訴すると、従業員から虚偽の告訴であると主張され、逆に、虚偽告訴罪(刑法172条)で刑事告訴される危険があります。

この場合、会社の虚偽告訴行為は違法行為にあたるとして、従業員から慰謝料を請求されるおそれもあります。

2-4. 従業員による証拠隠滅への備え方

業務上横領行為を行った従業員が、証拠の隠滅を行う場合があります。
そこで、会社は、次のとおり備えることによって、証拠がないという事態を可能な限り防止することが重要です。

日常の記録管理、保護が重要

通常、横領行為の証拠としては、帳簿、伝票、領収書の控え、在庫管理表、納品書等、金銭や商品の出入りの記録が重要な証拠となります。それが紙媒体であるか、電子データであるかは関係ありません。
業務上横領罪の場合、従業員がこのような証拠を管理している場合がほとんどですから、これを改ざんしたり、破棄・消去してしまう危険性があります。

したがって、業務上横領行為の調査は従業員に気づかれないよう慎重に行うことが必要ですし、証拠の隠滅に備えて、日常的にこれらの記録を厳重に保管する等の対策を講じておくべきでしょう。

インターネットを利用した商品横流しの場合

商品を管理している従業員が、着服した会社の商品をインターネットのフリマサイト等に出品している場合があります。

疑わしい商品を第三者名で落札してみる等して、たしかに会社の商品が出品されていることが判明した場合でも、それが、従業員による出品か否かは、ウェブサイトを閲覧しただけではわかりません。

そこで、本人の事情聴取の際に、本人のIDでフリマサイト等にアクセスさせ、販売履歴等を確認することが考えられます。証拠を隠滅する余裕を与えないように、あくまでも、事情聴取の場で、予告なくアクセスを求めることが肝心です。

なお、フリマサイト等の運営側には取引記録等が残ると考えられるため、捜査機関が捜査をすることで、業務上横領行為の証拠を確保できる可能性があります。
また、会社が独自に、残された電子データの解析により記録を再現等する「デジタル・フォレンジック」の技術を利用することも考えられます。

3.業務上横領を行った従業員への法的対応

業務上横領行為を行った従業員に対しては、次の法的対応が考えられます。

3-1. 懲戒解雇

懲戒解雇は、犯人の企業秩序違反行為に対する制裁として、従業員との労働契約を終了させるものです。業務上横領行為を行ったことは、通常、就業規則上の懲戒解雇事由に該当するはずです。

また、退職金の不支給、減額について、就業規則や退職金規程で定められていることが多く、業務上横領の被害額にもよりますが、その従業員の過去の功績を抹消するほどの犯行であれば、退職金の全部又は一部を支給しない取扱いも考えられます。

3-2. 諭旨解雇

諭旨解雇とは、会社によってその位置づけは異なりますが、一般的には、懲戒解雇事由がある場合に、従業員に退職届の提出を勧告し、提出しない場合は懲戒解雇とする処分を指します。

業務上横領行為を行ったために退職はやむを得ないが、その従業員が長年にわたり会社に貢献してきた、反省の態度を示している等の事情がある場合は、懲戒解雇は酷であるとの理由から、懲戒解雇ではなく諭旨解雇を選択することも考えられます。

3-3. 従業員との示談

従業員との話合いで、例えば、従業員に業務上横領行為とその被害の賠償責任を認めさせ、従業員が損害賠償することを条件として、刑事告訴はしないという内容の示談をすることも選択肢の一つです。

例えば、次のような場合には、示談での解決が有力な選択肢となります。

  • 業務上横領事件の発生を表沙汰にしたくない場合
  • 業務上横領行為の証拠が不十分な場合
  • 従業員が懲戒解雇の有効性を争う可能性があるため、従業員を退職扱いとして、退職金から被害額を控除して解決したい場合

3-4. 従業員に対する民事訴訟の提起

従業員が、横領行為によって生じた損害の賠償をしない場合、会社は、民事訴訟を提起して、損害賠償を請求することが考えられます。

3-5. 刑事告訴

会社は、業務上横領行為をした従業員を刑事告訴することも考えられます。
刑事告訴とは、犯罪の被害者等が、捜査機関に対して犯罪の事実を申告し、訴追を求めることです。
捜査機関は捜査を行った後、告訴のあった事件について、起訴又は不起訴の処分をします。

なお、業務上横領罪の法定刑は10年以下の懲役刑です(刑法253条)。

4.従業員による業務上横領が疑われた際の弁護士の関わり方

従業員の業務上横領行為に対処する場合、弁護士のサポートを得ると円滑です。
例えば、弁護士は、次のことを行います。

  • 客観的な証拠の収集にあたり、収集すべき証拠を決定し、入手した証拠を分析します。
  • 業務上横領行為をした疑いのある従業員の事情聴取を実施し、事情聴取書を作成します。本人の自白を獲得するため、事情聴取の際、本人に対してどのような順番で何を質問するかも事前に検討します。
  • 業務上横領行為をした従業員を懲戒解雇とする場合、解雇の有効性が認められるか検討し、後に解雇の有効性が否定されることを可能な限り予防します。
  • 業務上横領行為をしたことを従業員が認め、話し合いでの解決を目指す場合、示談交渉を行い、示談書を作成します。
  • 従業員が業務上横領行為をしたことを認めながらも、会社に生じた損害の賠償をしない場合、民事訴訟を提起して損害賠償を請求します。
  • 従業員の刑事処罰を望む場合、告訴状を作成して、刑事告訴を行います。業務上横領は法律上の要件が複雑であるため、収集した証拠に基づき、慎重かつ正確に告訴状を作成することが重要です。

5.お気軽にご相談ください

証拠がないという事態に陥りがちな業務上横領の事案では、発覚の初期段階で適切に対処できたかどうかが非常に重要となります。また、業務上横領が発覚した場合、会社がとるべき対応は、証拠収集、本人からの事情聴取、訴訟の提起、懲戒処分、刑事告訴等、様々です。そこで、できるだけ早い段階で労務問題、刑事事件に詳しい弁護士に相談いただくことをお勧めします。

上原総合法律事務所では、労働問題に詳しい弁護士が、事業主様からのご相談をお受けしています。また、業務上横領の事案に対しては、元検察官の弁護士とともに対応します。

従業員による業務上横領に関する対応にお困りの方は、お気軽にご相談ください。

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