従業員が病気やケガで長く欠勤している。やむを得ないこととはいえ、会社には戦力にならない者を雇っておく余力は乏しい。できれば解雇したい。経営者にとって切実な問題です。
もっとも、労働者の雇用維持を重視する日本の法制度のもとでは、病気やケガが理由であっても、労働者を解雇することは容易ではありません。
安易な解雇をすると、裁判で無効とされてしまうだけでなく、違法行為として刑事罰を科されることもあります。
この記事では、病気やケガを理由として労働者を解雇する場合の法的な注意点について解説していきます。
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病気やケガを理由とする解雇は、それが業務上の傷病なのか、業務とは無関係な私傷病なのかによって、法的なルールが異なります。
業務上の傷病の場合、療養のために休業する期間及びその後30日間は労働者を解雇してはならないとされています(労働基準法19条第1項)。
これは、労働者が解雇の危険にさらされることなく、安心して療養できる期間を保障するためです。
解雇禁止期間中の解雇は無効となります。これに違反して解雇された場合でも労働者は復職でき、無効な解雇により就業できなかった期間の賃金を請求できます。
解雇禁止期間中に解雇をおこなった者には、6か月以下の懲役刑又は30万円以下の罰金刑が科されます(労働基準法119条1号)。また、従業員によって禁止期間中の解雇がおこなわれた場合、その事業主にも、30万円以下の罰金刑が科されることがあります(同法121条)。
裁判例は、使用者は解雇禁止期間中に効力が生じる解雇を禁止されるだけであり、解雇の予告は禁止されておらず、治療期間中になされた治癒後30日の経過をもってする解雇予告は解雇制限違反ではないと判示しています。
「労働基準法一九条の定めは、その定めの期間中における解雇の予告を禁ずる趣旨でなく、同期間中の解雇そのものを禁ずる趣旨であると解せられるからこのことと後記解雇予告の内容等に照らすと右解雇予告は有効であるとするのが相当と認める。」
業務上の傷病を理由とした解雇の制限には、2つの例外があります。
第1の例外は、使用者が打切補償を支払った場合です。
業務上の傷病の場合、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならないとされており、これを「療養補償」と言います(労働基準法75条第1項)。
ただし、療養補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合、使用者は平均賃金の1200日分の金銭を支払えば、以後は補償をする必要はありません。これを「打切補償」と言います(労働基準法81条)。
療養期間中であっても、この打切補償を支払えば、解雇をすることができるのです(労働基準法19条第1項ただし書前段)。
なお、労働者が療養開始後3年を経過した時点で、労災保険による傷病補償年金を受けているとき、又はその日以後、傷病補償年金を受けることになった場合は、打切補償が支払われたと同様に扱われます(労災保険法19条)。
第2の例外は、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合です(労働基準法19条第1項ただし書後段)。
この場合、その事由について労働基準監督署長の認定を受ける必要があります(同法19条第2項)。
次に、業務とは関係のない私傷病を理由とする解雇について見てみましょう。
私傷病の場合、労働者の解雇につき、1-1のような法律上の解雇制限はありません。
私傷病により労働者の業務遂行が困難となった場合、使用者は解雇を検討せざるをえないこともあります。多くの企業が、就業規則に普通解雇事由として「身体、精神の故障で業務に耐えないとき」と規定しています。
しかし、解雇には解雇権濫用法理が適用され、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となります(労働契約法16条)。
使用者は、労働者に対し、業務内容、勤務時間を軽減するよう配慮したり、後に述べるとおり、休職制度を利用させて療養する便宜と機会を与えることが求められています。また、このような配慮を欠いたままで解雇をすることは、解雇権濫用となる危険性があります。
「休職」とは、労働者の労務従事が不可能又は不適切な場合に、使用者が、労働契約は維持しながら労務への従事を免除すること、又は禁止することです。通常、就業規則に定められていますが、労働者との合意によってなされることもあります。
そのうち傷病休職(病気休職)は、私傷病での長期欠勤が一定の期間(3~6ヶ月が通常)に及んだときに行われる休職です。私傷病休職制度はその導入が法律上義務付けられているわけではありませんが、多くの会社で私傷病休職制度が設けられています。
私傷病休職の休職期間の長さは、通常、勤続年数や傷病の性質に応じ決められ、この期間中に傷病から回復して就労可能となれば休職は終了し復職となります。これに対し回復せず期間満了となれば、自動的に退職又は解雇の扱いとなります。
職場に私傷病休職制度があるにもかかわらず、これを適用せずに解雇した場合は、解雇権濫用とされる可能性が高くなります。
例外的に、休職期間の満了を待たずとも、労働能力の低下が決定的で、能力が回復して職場復帰する可能性はないというケースであれば、私傷病休職制度を適用しない解雇も解雇権濫用とならない可能性があります。
私傷病休職では、通常、傷病が「治癒」したときには職場に復帰させると定められているので、休職期間満了時に、労働者から復職の申出があった場合、傷病を負う前の業務が可能なほど回復していれば復職となります。しかし、治癒せずに休職期間が満了すれば自動退職又は解雇となります。
そこで、復職の要件である「治癒」に該当するかどうかが争いになるのです。
裁判例では、休職期間の満了時に、従前の業務に復帰できる状態ではなくとも、より軽易な業務には就くことが可能な労働者が、これを希望するときは、使用者は現実に配置可能な業務の有無を検討する義務があり、この義務を尽くさず退職扱いや解雇を行った場合、契約終了の効果は発生しない又は解雇権濫用として解雇は無効となるとされています。
【裁判例】大阪地裁平成11年10月4日判決・JR東海事件・労働判例771号25頁
Xは脳内出血で倒れ、傷病休職中でありましたが、YはXを休職期間満了による退職扱いとしました。Xは休職期間満了前には復職の意思表示をしていました。
裁判所は、「労働者が私傷病により休職となった以後に復職の意思を表示した場合、使用者はその復職の可否を判断することになるが、労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては、休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、使用者の規模や業種、その社員の配置や異動の実情、難易等を考慮して、配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討し、これがある場合には、当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである」としたうえで、Yの企業規模、事業内容、職種やXの身体状況等を考慮して、少なくともXは、会社の工具室での業務は就業可能であり、会社はXをかかる業務に配置替えすることも可能であったと判断しました。
【裁判例】大阪地裁平成13年11月9日判決・カントラ事件第一審・労働判例824号70頁
裁判所は、職種を限定されて雇用された者の場合、その業務を遂行できなくなり、他に配置可能な部署ないし担当できる業務が存在しないときは労働者は労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供はできないが、基本的な労働能力に低下がなく、短期間に従前の業務に復帰可能な状態になり得る場合には、直ちに債務の本旨に従った履行の提供ができないとはいえず、休職に至る事情、使用者の業務内容、労働者の配置等の実情から、使用者は短期間の復帰準備期間を提供したり教育的措置をとること等が信義則上求められると判断しました。
業務上の傷病、私傷病を問わず、通常の解雇に要求される30日以上前の解雇予告は必要であり、予告をしないならば平均賃金の30日分以上の予告手当を支払う必要があります(労働基準法20条)。
その企業に退職金制度が設けられている場合、傷病による解雇であることを理由として、退職金を不支給とすることはできるのでしょうか。
会社が退職金制度を設けるか否かは任意ですから、退職金の支給要件とその金額は、就業規則や退職金規定等で定められた内容によります。
この内容を如何にするかは使用者の自由ですが、公序良俗(民法90条)に違反する不合理な内容にすることはできませんし、犯罪等の非違行為を理由に懲戒解雇をする場合であっても、退職金を不支給とできるのは、過去の功労を抹消減殺するほどの重大な非行に限定するのが判例です。
上原総合法律事務所では、労働問題に精通した弁護士が、企業様からの労働問題に関するご相談をお受けしています。
病気やケガを理由に従業員を解雇する場合、対応を誤れば、雇用の継続を希望する従業員との間で重大なトラブルに発展し、経営に大きな影響を与える危険もあります。
解雇したい理由はさまざまであり、どのように解雇するかは、ケースバイケースです。
上原総合法律事務所では、会社にとっての最適解をご提案します。
病気やケガを理由として従業員の解雇を検討している方は、お気軽にご相談ください。
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
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