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A氏は、個人事業主として1人でコンピュータプログラミングの仕事をして生計を立てていましたが、ある日、SNSを通じてX氏(指南役)と知り合いました。
A氏は、X氏から、「雇用調整助成金を受給してみないか」「こちらが指示するとおりに書類を出してくれればいいから」「社労士にも確認を取っているから大丈夫」「受給した金銭の半分をこちらに渡してくれれば、残りはすべてA氏にあげる」などと言われました。
A氏は、小遣い銭ほしさから軽い気持ちでX氏の誘いに乗ることにしました。
A氏は、X氏から送られてきた書類を見て、「うちでは従業員を雇っていないけど大丈夫かな」と思ったものの、X氏が社労士の確認も得ているというので、X氏の指示するまま、労働局に対して、雇用調整助成金の申請書を提出しました。
しばらくして、A氏が業務で使用する銀行口座に約100万円の雇用調整助成金が振り込まれました。
A氏は、X氏から言われたとおり、100万円のうち50万円をX氏に送金し、残りの50万円については家賃などの生活費に使ったほか、外食等の飲食費にすべて使ってしまいました。
A氏が雇用調整助成金を受給し始めてから10か月が経過し、A氏が受給した雇用調整助成金が1000万円を超えた頃、労働局から「不正受給の疑いがあるので調査に入ります」と連絡がありました。
A氏は、慌ててX氏に連絡をしましたが、X氏とは連絡がつきません。
そこで、A氏は、逮捕されるのではないかと不安になり、法律事務所に相談することにしました。
厚生労働省は、2021年12月9日、雇用調整助成金等の不正受給への対応を強化する旨表明しました。
厚生労働省は、その表明の中で、不正受給が判明した場合には受給した助成金の額とその2割に相当する額等を合わせた金額の返還を請求するだけでなく、事案に応じて事業所名などを公表するとしています。
それだけではなく、厚生労働省は、特に悪質な場合には、捜査機関等に対して刑事告発を行うことがあるとしています。
では、どのような事案について、刑事告発が行われるのでしょうか。
刑事事件においては、大きく分けて
①動機・経緯
②犯行態様
③被害結果
④役割・関与の程度
などから悪質性が判断されますので、悪質性が高ければ高いほど刑事告発のリスクも大きくなるものと考えられます。
第1に、①動機・経緯の点について検討します。
雇用調整助成金は、「景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により急激な事業活動の縮小を余儀なくされた場合等における失業の予防その他雇用の安定を図るため、その雇用する労働者について休業若しくは教育訓練(以下「休業等」という。)又は出向により雇用調整を行う事業主に対して助成及び援助を行うこと」を趣旨とするものです。
上記の想定ケースでは、A氏は、自らの従業員の雇用を維持するためではなく、自らの生活費や飲食費に充てるために不正受給を行っており、その動機は、雇用調整助成金の制度趣旨に真っ向から反するものです。
また、A氏は、X氏から誘われて不正受給に至っているものの、X氏から脅迫されていたという事情もなく、結局は自らの欲に負けて自らの意思で不正受給に至っています。
第2に、②犯行態様の点について検討します。
雇用調整助成金の不正受給は、労働局に対して虚偽の事実申告を行い、国の助成金をだまし取るというものであって、詐欺の犯罪類型の中でも、反復して犯行に及び、被害額が高額となる危険が大きい態様のものです(この点は過去の裁判例でも指摘されています)。
また、A氏は、X氏が作成した内容虚偽の書類を労働局に提出し、労働局の審査をかいくぐっており、この点も巧妙な手口による犯行であるとの非難を免れないものと考えられます。
こうした点からすると、A氏による犯行態様は、悪質であると評価されるおそれが大きいものです。
第3に、③被害結果の点について検討します。
詐欺罪は財産に対する罪ですから、被害金額の大小が悪質性に影響します。
この点、A氏が不正受給した雇用調整助成金は1000万円ですから、被害額が高額と言わざるを得ません。
また、上述のとおり、詐欺罪は財産に対する罪なので、被害回復の有無・程度も悪質性を判断する重要な要素となります。
しかし、A氏は、既に受給した雇用調整助成金を使い切っていますし、X氏とも連絡が着かない状況ですから、A氏が雇用調整助成金を返還することは困難です。
そうすると、被害結果という点でも悪質であるとされるリスクは大きいといえます。
第4に、④役割の点についても検討します。
確かに、今回の不正受給の発案者はX氏であり、X氏が犯行を主導したとも言えそうです。
しかし、A氏は、自ら内容虚偽の書類を労働局に提出して雇用調整助成金の申請を行っていますから、A氏こそが「実行犯」です。
また、A氏が雇用調整助成金を申請しなければ今回の犯行は成り立たないわけですから、A氏は犯行に必要不可欠な役割を果たしたと評価されてしまいます。
さらに、A氏は、受給した雇用調整助成金の半分をX氏に渡していますが、自らもX氏と同額の利益を得ています。
こうしたことからすると、A氏は、今回の犯行に主体的・積極的に関与し、必要不可欠な役割を果たしたと評価されてしまうリスクも大きいのです。
以上検討したとおり、想定ケースのように、指南役から指示・依頼されて雇用調整助成金を不正受給した場合においては、①動機・経緯、②犯行態様、③被害結果、④役割・関与の程度などからして、悪質なケースと評価されるおそれが大きく、刑事告発がなされるリスクが大きいものと考えられます。
A氏のように、既に不正受給をしてしまった場合には、その事実を後から消すことはできません。
しかし、不正受給をしてしまったことを真摯に反省し、労働局に自主申告をすることは、刑事告発との関係においては、少なくとも有利に働く事情となりえます。
また、刑事告発が必至と考えられるような事案にあっては、労働局ではなく直ちに捜査機関に自首をすることもありえます。
上原総合法律事務所では、不正受給をしてしまった方が新たに再スタートを切ることができるよう全力でサポートいたします。
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弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
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