
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
元検事(ヤメ検)の弁護士が未成年者略取・未成年者誘拐について解説。誘拐と略取の違い、実の親子間や本人の同意があっても犯罪になる場合など、留意すべき点についても解説しています。
目次
第1 未成年者略取とは
未成年者略取(みせいねんしゃりゃくしゅ)は、未成年者誘拐(みせいねんしゃゆうかい)とあわせ刑法で定められている犯罪のひとつです。
刑法第224条において、以下のように規定されています。
未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する
法定刑は最大で7年とかなり重いものとなっています。※令和7年6月には懲役刑と禁固刑を拘禁刑に一本化する改正の施行が予定されています。
報道等で頻繁に見聞きするような犯罪類型ではありませんが、既遂にまで至らなくとも児童に声かけなどする不審者のニュース等は枚挙に暇がありませんし、そのような他人による児童の連れ去りに限らず、場合によっては実の親子間であったり、時には児童本人の同意があったとしても、未成年者略取等の犯罪が成立する場合もあります。
そのようなつもりがなくとも、犯罪に該当してしまう可能性があるという点で留意が必要な犯罪類型のひとつといってよいでしょう。特に、離婚等でトラブルになっているような場合に相手方の意思に反して子供を連れ去るようなケースの場合、特に注意が必要かもしれません。
第2 未成年者略取・誘拐の成立要件とは
未成年者略取の犯罪が成立するためには、いくつかの要件を満たす必要があります。具体的には、以下のとおりです。
1 対象が未成年者であること
未成年者略取・誘拐の対象は「未成年者」です。成人年齢は民法4条で定められており、令和4年にはこれが引き下げられ、現時点では「未成年者」とは18歳未満の者を指します。
なお、略取、誘拐の対象はあくまで未成年者ですが、略取・誘拐のための望郷や脅迫、だます行為などは、未成年者に対してでなく、その保護者等に対して行われた場合でも未成年者略取等は成立しえます。
2 略取
「略取」とは、暴行・脅迫等の手段を用いて人の意思を抑制し、他人を自分や第三者の事実的支配下に置くことをいいます。
力づくで連れ去る場合や脅して連れ去る場合はもちろん、薬物を用いて意識を混濁させる場合やそもそも昏睡状態にある場合、まだ物心もつかない子供を連れ去る場合もこれに該当します。
なお、強盗などの場合と異なり、暴行や脅迫の程度は「反抗を抑圧する程度」の強いものでなくとも略取となりえます。
3 誘拐
「誘拐」とは、だましたり誘惑したりして、人に誤った判断をさせて自分や第三者の事実的支配下に置くことをいいます。うその事実を告げてだますのみならず、甘い言葉で未成年者を誘惑するような場合にも誘拐になりえます。
4 既遂となる時期
略取や誘拐のための暴行や脅迫、だます行為などを始めた時点で未成年者略取等の未遂になりますが、これが既遂になるためには未成年をその生活環境から離脱させ、自分や第三者の事実的支配下に置くことが必要です。
線引きは事案によってさまざまですが、児童に声をかけて一緒に歩き出した程度ではまだ未遂に留まると判断される場合が多いかと思われます。
第3 未成年者略取と未成年者誘拐の違いとは?
未成年者略取と未成年者誘拐は、刑法上も同じ条文で規定され、法定刑も同じです。
両者を併せて「拐取」と表現したりもしますが、略取と誘拐は未成年者を事実的支配下に置くための手段がどのようなものかという点で区別されます。
「略取」と「誘拐」が何を指すかは既に述べたとおりですが、両者の違いを端的に言い表すならば、以下のとおり、大まかに区別してよいかと思います。
・暴行や脅しなど、暴力的、強制的な手段による場合:「略取」
・だましたり誘惑したりなど、非暴力的、非強制的な手段による場合:「誘拐」
「誘拐」という言葉の一般的なイメージでは、いきなり車に乗せて連れ去るような場合も含まれるかもしれませんが、法律上、厳密に言えばそのような行為はむしろ「略取」に該当します。
また、脅しとも誘惑とも取れるような言動を用いた場合など、いずれに該当するのか評価が難しい場合もありうるかと思われるところです。
第4 こんな場合も罪に問われるの?
未成年者略取・誘拐に関しては、以下のような状況でも罪に問われることがあります。
・本人の同意がある場合?
対象となる未成年者自身は同意していたとしても、未成年者略取・誘拐は成立しえます。
未成年者誘拐の場合はまさに未成年者をだましたり誘惑したりして連れ去るような場合ですし、そもそも未成年者略取・誘拐は、略取等される未成年の自由のみならず、その保護者の監護権も保護するために定められているというのが判例通説であり、未成年者本人の同意があっても、親権者等の同意がない場合は未成年者略取・誘拐が成立する場合があります。
・実の親子の場合?
未成年者略取・誘拐の主体に制限はなく、例え親権者がその子を略取等した場合であっても、犯罪が成立する場合があります。
実務上よく問題となるのは別居したり離婚協議中の状況において、他方がもう一方の監護下から子を連れ去るような場合です。
この点最高裁決定平成15年3月18日(、母親の監護下にあった子を別居中の父親(共同親権者)が連れ去った事案につき、未成年者略取(より正確に言えば、この件の父親は外国人で子を国外に連れ去る目的であったため、国外移送略取罪が成立しています。)の成立を認めています。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50053
他方で、どのような状況下であっても未成年者略取等となってしまうわけではなく、最高裁は、略取等の行為に及ぶことが監護養育上現に必要とされる特段の事情がある場合や、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内に留まる場合には、違法性が阻却されうることを認めています。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50081
とはいえ、どのような場合に違法性が阻却されるかは極めて線引きが難しく、行為者がそのように勝手に思い込んだとして犯罪の成立が否定されるわけでもありません。
子に危険があるなど特殊な事情でもない限り、実の子供に対してであっても、未成年者略取や誘拐に当たりうる行為は慎むべきでしょう。
・未成年者と知らなかった場合?
対象者が18歳に近い年齢であった場合、一見しただけでは未成年者と分からない場合もあるかもしれません。
そのような場合に略取等に当たる行為を行ったとしても、未成年者であることを認識していなければ故意がないものとして未成年者略取等の犯罪は成立しません。
ただ、ここでいう認識は「18歳未満かもしれない」といった可能性の認識を含むもので、いわゆる未必の故意のレベルで足り、18歳以上だと思っていたと弁解しても認められない場合も多々あるであろうと思われます。
また、後記のとおり、目的等次第では未成年者が対象でなくとも重い犯罪が成立します。
第5 より罪が重くなる場合や成人相手でも犯罪になる場合
略取や誘拐の行為に及んだ場合、特定の目的等がある場合には、より重い犯罪が成立することがあります。また、そのような場合、対象が未成年でなく成人であっても、重い犯罪が成立することになります。
・営利目的等略取及び誘拐(刑法225条)
営利目的(財産上の利益を得る目的)、わいせつ目的、結婚目的、生命や身体への加害の目的で略取や誘拐を行った場合、対象が未成年者であるか否かにかかわらず、1年以上10年以下の懲役となる可能性があります。
・身代金目的略取等(刑法225条の2)
フィクション等ではしばしば扱われ、「誘拐」と聞いてまずイメージする類型かもしれませんが、いわゆる身代金目的での略取等は無期又は3年以上の懲役となる非常に重い犯罪です。また、当初は身代金要求の目的がなくとも、略取等を行った者が身代金を要求すれば同様の罪となってしまいます。
・所在国外移送目的略取及び誘拐(刑法226条)
対象者が所在する国からそれ以外の国に移動させることを目的に略取等を行った場合、2年以上の懲役となる可能性があります。
注意すべきは日本から日本以外に移送する目的という場合に限らず、海外において、その国以外に移動させる目的で略取等した場合にも成立しえます。なお、これらの類型以外にも、略取等された者の引渡や隠避、国外移送等に関与した場合も犯罪となりえます。
※令和7年6月には懲役刑と禁固刑を拘禁刑に一本化する改正の施行が予定されています。
第6 未成年者略取の弁護活動
未成年者略取等の事件においては以下のようなポイントが重要となってくることがあり、適切な弁護活動を受けることが望ましいといえます。
・示談交渉と告訴の取下げ
未成年者略取・誘拐は親告罪とされており(刑法229条)、告訴がなければ起訴されることはありません。
そこでこのような犯罪を行ってしまった場合については、対象となった未成年者はもちろん、その保護者等に誠心誠意謝罪するとともに被害弁償等を行い、告訴しないように、あるいは告訴を取り下げるよう示談を成立させることが考えられます。
当該未成年者や保護者との関係にもよりますが、当事者間で直接話すことは避けるべき場合がほとんどでしょうし、早期に弁護士を通じ示談等の交渉を行うことが重要です。
また、離婚協議中などでこのような事態となった場合には、今後の親権や面会交渉にも影響が想定されるところ、慎重な対応が必要となってきます。
・違法性を争う場合
事実上の監護者に重大な問題があり、真に未成年者の利益のために外形的には略取等に該当する行為を行ってしまったという場合、事情次第では違法性が阻却される可能性があります。
ただ、明確な線引きがあるわけではありませんし、法的に重要と思われる事情を捜査機関等に適切に主張するとともに、取調べ等の中で誤解を与えるような不用意な発言をしたり、真意に反する供述調書が作成されるなどといった事態に陥らないよう、弁護人から適切なアドバイス等を受けたりすることが重要ですし、また弁護人から直接検察官等に申入れ等を行うという手段もあります。
・故意を争う場合
対象者が未成年者であると認識していなかった場合、故意が欠けるとして未成年略取等の犯罪が成立しない場合があります。
ただ前記のとおり、「18歳未満かもしれない」という可能性を認識していれば故意は認められうるところであり、なぜ18歳以上であると思ったのか、具体的な根拠をもって主張することが必要でしょうし、やはり法的に重要と思われる事情を捜査機関等に適切に主張するとともに、取調べ等の中で誤解を与えるような不用意な発言をしたり、真意に反する供述調書が作成されるなどといった事態に陥らないよう、弁護人から適切なアドバイス等を受けたりすることが重要です。
またこの場合にも弁護人から直接検察官等に申入れ等を行うという手段もありえます。なお、目的等次第では、対象者の年齢やその点に関する認識に関わらず別の犯罪が成立しうることにも留意する必要があります。
第6 お気軽にご相談ください
上原総合法律事務所は、元検事(ヤメ検)8名(令和6年10月31日現在)を中心とする弁護士集団で、迅速にご相談に乗れる体制を整えています。
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