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弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
捜査機関に逮捕・勾留されたり、あるいは在宅事件として立件されて取調べを受けるなどしたとしても、全ての事件が起訴されるわけではありません。
初動から適切な対応をすることで、嫌疑不十分(実務上、略して「嫌不:けんぷ」と言うこともあります。)として不起訴になることもあり得ます。
この記事では、そもそも「嫌疑不十分」とは何なのかという点や、「不起訴処分」や「起訴猶予」との関係や違い、処分決定までの流れや嫌疑不十分で不起訴となるためのポイント等について、元検事の弁護士が解説します。
目次
第1 嫌疑不十分とは何か
1 嫌疑不十分の定義と法的意義
「嫌疑不十分」、略して「嫌不(けんぷ)」とは、検察官が、被疑者を起訴するに足りる証拠が不十分であると判断した場合に行う不起訴処分の一種です。
刑事訴訟法において、検察官には起訴するか不起訴とするかを決定する権限が与えられています(同法247条。このことを「起訴便宜主義」などといいます。)。
検察官が、起訴・不起訴の決定をする際、「被疑者が被疑事実記載の犯罪をしたと証明できるだけの証拠がない」と判断した場合、嫌疑不十分という理由で不起訴にすることがあります。
この処分は、被疑者の無実が明白だというわけではなく(この場合、後記のとおり「嫌疑なし」などといった種類の処分となりえます。)、あくまでその時点での証拠が足りないという理由からなされるものです。
たとえば、防犯カメラの映像が不鮮明で犯人の特定が難しいケースや目撃証言が曖昧なケース、または被害者等の供述の信用性に疑問があるケース等に嫌疑不十分と判断されることがあります。
2 嫌疑不十分と証拠不十分の違い
日常会話の中で「証拠が足りなかったから証拠不十分で不起訴になった」といわれることがあります。
しかし、「証拠不十分」という表現はあくまで日常的な表現に過ぎません。他方で「嫌疑不十分」は法律用語として正式な不起訴の理由であり、検察官の判断として事件記録にも記載されます。
つまり、「証拠不十分」という表現は俗称であり、「嫌疑不十分」が正式な処分理由となります。
第2 不起訴処分になる理由
不起訴処分とは、刑事事件で検察官が起訴しないと決定する処分を意味するものであり、「嫌疑不十分」は数ある不起訴処分の理由の中のひとつです。
ここでは、不起訴処分になる代表的な理由を紹介します。
・嫌疑なし
これは、被疑事実自体が存在しない、または被疑者が犯人であるとする証拠が全く存在しない(あるいは真犯人が別にいると明らかである)場合に下される処分です。嫌疑不十分とは異なり、「無実」と判断されたに限りなく近い処分といえます。
・罪とならず
レアケースですが、そもそも証拠上認められる被疑事実が実は犯罪には該当しないということが判明する場合もあります。「罪とならず」はそのような場合の処分であり、「事実としては認められるが、それは罪とはならない。」という趣旨のものです。
・嫌疑不十分
前記のとおり、被疑者が被疑事実の犯罪をしたと証明できるだけの証拠はない、という場合の処分理由です。「嫌疑なし」との境目はやや曖昧ではありますが、明らかに被疑者は犯人でないとか、犯罪事実がなかったと思われるような場合以外は基本的に嫌疑不十分となります。
・起訴猶予
被疑者が犯罪を行ったことは証拠上認定できるものの、情状や反省の態度、被害弁償等の事情を考慮して起訴しないという処分です。例えば、初犯で軽微な犯罪であり、被害者と示談が成立して被害弁償が済んだ場合等に下されます。
事務上、不起訴処分の類型の中で最も主要なものはこの「起訴猶予」といってよいでしょう。
※ 嫌疑不十分的起訴猶予?
前記のとおり、おおまかにいえば、証拠が足りない場合は「嫌疑不十分」、証拠はあるものの処罰の必要まではないという場合は「起訴猶予」になるはずですが、実際はその線引きが微妙な場合もあります。
実務上、「嫌不的猶予(けんぷてきゆうよ)」「嫌疑不十分的起訴猶予」などと表現することもありますが、証拠が十分とまでは言い切れなずやや立証に難があることと、情状面で処罰の必要性がそこまで高くないことなどを総合考慮して不起訴にするような場合です。
なお、「嫌疑不十分的起訴猶予」という理由が公式に存在するわけではなく、不起訴の理由としてはあくまで「起訴猶予」とされます。
・親告罪の告訴の欠如・取消等
告訴がなければ公訴を提起することができない親告罪(名誉棄損など)において、告訴がない場合や、一度告訴がなされたものの取り下げられた場合などにも不起訴となります。
・被疑者死亡
被疑者が死亡している場合、刑事訴訟はもはや成立しない(訴訟条件を欠く)ので、不起訴となります。
・時効完成
刑事訴訟法250条の公訴時効が成立している場合、この理由で不起訴となります。
・心神喪失
被疑者が犯罪当時に心神喪失の状態であり、責任能力がないと判断された場合には、刑事責任を問えないため不起訴処分となります。なお、責任能力の有無は精神鑑定等により慎重に判断されます。
なお、心神喪失までには至らない「心神耗弱」の場合、それ単体では不起訴の理由ではありませんが、「起訴猶予」で不起訴となる場合もあります。
なお、責任能力や精神鑑定については下記の記事でも説明していますので、こちらもご参照ください。
第3 不起訴と無罪の違い
〇不起訴処分と無罪とは違う
「不起訴=無罪」と誤解されることがありますが、これは正確ではありません。
不起訴とは、検察官が起訴しないと判断したに過ぎず、無罪判決が出たわけではありません。
上記のとおり、不起訴の中には「嫌疑なし」や「起訴猶予」など様々なバリエーションがあり、証拠上犯罪が認定できる場合であっても不起訴にはなることもあります。
一方で、無罪とは、刑事裁判が行われた結果、裁判官が「証拠上、被告人が犯罪をしたとは認められない」と判断したことを意味します。
※なお、「無罪」も、裁判において証拠上被告人による犯罪事実が認定できないという場合であって、厳密には「無実」とは異なります。
不起訴は「刑事裁判にならなかった」状態である一方、無罪は「刑事裁判を経て証拠上、犯罪をしたとは認められないと判断された」状態です。
この違いは、社会的信用の回復や名誉回復という点でも大きな差があります。無罪判決は裁判を経た上で、裁判官が被告人による犯罪が認定できないと判断されたことを示しますし、無罪判決が確定すれば、補償請求をすることもできます。
他方で「不起訴」というだけでは、実際は犯罪をやっていなかったのではないかという判断なのか、あるいは示談等して起訴猶予となったのかなどは判然としませんし、不起訴処分では原則として補償請求をすることもできません。
〇刑事裁判を受けて無罪となったほうがいい?
とはいえ、それでは裁判を受けた上で無罪となったほうがいいのかというと、そういうわけでもありません。
起訴された後は、極めて例外的な場合を除いて検察はなんとか有罪にしようと死力を尽くしますし、現状、日本の刑事裁判における有罪率は99%以上です。
また、事実を争う場合、裁判も長期化し、1年以上、特には数年間かかることもありますし、審理は基本的に公開の法廷で行われ、被告人の負担は大きいと言わざるを得ません。
こういった負担も考えると、「無罪」という裁判所のいわば「お墨付き」が得られるわけではなくとも、捜査段階で適切な弁護を受け、不起訴となることが極めて重要といえるでしょう。
第4 逮捕から起訴・不起訴までの流れ
刑事事件の捜査は、通常以下のような流れで進行します。
- 通報等による事件の発覚
- 警察による捜査開始、証拠の収集
- (必要な場合)逮捕による身柄拘束
- 送致(検察への事件書類・証拠や、逮捕されている場合身柄の送付)
- (必要な場合)勾留による身柄拘束の継続
- 検察による取調べ・被害者等からの事情聴取等を経て、起訴/不起訴を決定
一般的に、逮捕後は最大72時間で送検され、そこから10日間(*延長された場合は最大20日間)の勾留が認められる期間内に、検察官が起訴・不起訴の判断を行います。
在宅事件の場合、どの段階で検察官が起訴不起訴の判断をするのか明確な期限が決まっているわけではありませんが、その分いつ判断が下されるか分からないという問題があります。
いずれにせよ、嫌疑不十分を含めた不起訴処分となるためには、この検察官による判断の前までに必要な対応をして、検察官に適切にアピールをしなくてはなりません。
逮捕から起訴までの具体的な流れ等については下記の記事で詳細に説明していますので、こちらもご参照ください。
第5 嫌疑不十分になるとどうなるか
1 嫌疑不十分の結果と影響
嫌疑不十分による不起訴処分は、裁判を受けなくてすみ、有罪となることもないという意味では安心材料にもなりますが、前述のとおり「犯罪をしていない」と明確に判断されたわけではありません。
そのため、警察や検察の記録上、「嫌疑があったが証拠が不十分だった者」として扱われることになり、「前科」はつかないものの、「前歴」は残ることになります。
「前歴」については通常は一般の人や会社は知ることはできませんが、
この「前歴」が後々、再犯を犯し捜査を受けた際の処分に影響を及ぼす可能性があります。
2 再捜査の可能性
嫌疑不十分での不起訴は、「証拠が足りなかった」という理由に過ぎないため、将来的に新たな証拠が出てきた場合には、再捜査や再度の起訴が可能です。
検察がいったん不起訴にした事件について、捜査を再開することを「再起」などといいます。
防犯映像の解析技術が進歩したり、新たな証人が現れたりすることで、事件が再起されて改めて捜査が行われ、起訴という判断に至る可能性もあります。
再起は頻繁にあるものではなく、可能性が高いとまでは言えませんが、「不起訴になったからもう大丈夫」とは言い切れず、慎重な対応が求められます。
3 検察審査会への申立て
嫌疑不十分を含め、不起訴処分がなされた場合、被害者や告訴人等は検察審査会に審査の申立てを行うことができます。
この申立てがあると、検察審査会が当該事件について審査をしますが、その結果「起訴相当」や「不起訴不当」という議決になると、検察による再捜査が行われることになります。
その結果、再び不起訴となることもありますが、当初の判断が覆って起訴される可能性もあります。
第6 嫌疑不十分となるためのポイントと弁護士にできること
嫌疑不十分の不起訴を得るためには、初動から適切な弁護活動をすることが欠かせません。
逮捕・勾留された身柄事件の場合、勾留期間の満期までに処分が決まりますし、在宅事件でも検察官の判断までにこちらに有利な証拠を収集して提出する、証拠が不十分な点を指摘する、法的な問題点を主張するなどを迅速かつ的確に行わなくてはなりません。
弁護士が果たす主な役割には、以下のようなものがあります。
取調べ対応の指導
不用意、不正確な供述を避けることはもちろん、不利な供述証書の作成を避けるため、黙秘権行使の適否や主張すべき内容の確認、供述調書作成時の注意点などについてのアドバイス、打合せ等を行います。
身柄事件の場合、弁護士が接見に行ってこれらの打合せ等を行うことになります。
証拠収集と検察への提出
事案によっては、被疑者の行動の記録や関係者の供述など、被疑者にとって有利な証拠があり、かつそれを捜査機関は把握していない、あるいは積極的には収集しようとしないという場合もありえます。
まずは事案と証拠関係を把握した上、接見等の中で有利な証拠がありうるか確認し、それらの収集すると共に有効な形で捜査機関に提出する必要があります。
意見書の提出
証拠上、あるいは法律上、犯罪の成否や被疑者が犯人と言えるかに問題がある場合、ポイントを的確に押さえた書面で主張をすることが重要です。
前提として、事案と証拠関係、前提となる法律構成はもちろん、起訴不起訴に当たって検察がどのような点を重視するのかなどのポイントも押さえておく必要があります。
検察官との面談等
状況次第では、意見書等の書面の提出に留まらず、直接検察官と面談して被疑者に有利な証拠関係や事情を伝えるとともに、検察官と議論を行うべき場合もあります。
不起訴とすべき事情がある場合でも、それを正確に検察に認識してもらう必要がありますし、複雑な論点がある場合には議論して問題意識を共有することが有益な場合もあります。
嫌疑不十分を目指す場合、まずは事案の内容と法律構成、証拠関係を正確に把握するとともに、問題点を整理し、その内容を的確に主張して検察に理解してもらうことが必要です。
また、特に身柄事件の場合、検察の判断までの時間が限られていることもあり、逮捕後できるだけ早い時点から適切な弁護を受けることが重要です。
第7 まとめ
嫌疑不十分とは、起訴に足る証拠がないと判断されて不起訴となる処分理由の一つです。
前科とはならないものの、前歴がつき、将来的な再捜査の可能性も残されます。また、裁判所の判断を経ていないという点などで「無罪」とも異なります。
他方で、そもそも裁判を受けずに済むことにもなり、犯罪を犯していないという場合、まずは検察官による起訴するか否かの判断の際に嫌疑不十分(又は嫌疑なし、嫌不的猶予)を目指すべきでしょう。
不起訴処分には嫌疑不十分含め複数の理由があり、それぞれの意味を理解し、自身がどのような理由付けで不起訴となったかまで理解することが、事件後の対応や社会復帰の第一歩ともなりえます。
もし捜査対象となって、嫌疑不十分を狙って不起訴を目指す場合には、刑事事件に強い弁護士の力を借りることが最も有効な手段です。早期の相談と的確な対応が、あなたの未来を守ることにつながります。
上原総合法律事務所は、元検事 8名を中心とする弁護士集団で、迅速にご相談に乗れる体制を整えています。
検事として実際の事件の起訴するか不起訴にするかの判断をしてきた経験を有する弁護士なので、不起訴を狙うためにどのような弁護活動をすべきか熟知しています。
刑事事件に関するお悩みがある方は、ぜひ当事務所にご相談ください。刑事事件の経験が豊富な元検事の弁護士が、迅速かつ的確に対応いたします。



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