弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
ある日、会社に「警告書」と題する通知が届きました。そこには、「当社は、ランニングシューズを指定商品とする三毛猫マークの商標登録をしております。貴社は、その製品である運動靴に、当社の登録商標と同一のマークを刻印して製造販売されています。これは当社の商標権を侵害する行為ですので、商品の販売中止と損害の賠償を求めます。なお、応じない場合は商標法違反として、刑事告訴をいたします。」と記載されています。
このような警告を受けた際には、どのように対処すべきでしょうか。
この記事では、商標法についての基本的な知識、商標法違反となる場合の罰則や民事責任、商標法違反への対応方法などについて、わかりやすく解説します。
目次
1.商標法違反とは?
1-1. 商標法とはどんな法律?
商標法は、一般にはなじみの薄い法律ですので、まず具体的なストーリーで説明したほうが理解しやすいでしょう。
ミケネコシューズ株式会社のランニングシューズは、安価なうえに品質が良いことで評判となり、飛ぶように売れました。もちろん、そのような製品を製造できたのは、同社の企業努力の成果です。
ところが、この成功をみて、外見は類似するものの粗悪な商品を製造・販売する業者が現れました。そこで、同社は自社の製品に、猫をイラスト化した「三毛猫マーク」をつけることとしました。三毛猫マークは、同社が製造する良質なランニングシューズであることの目印となり、消費者は三毛猫マークのあるシューズなら安心して購入できます。
しかし、悪質な業者が、粗悪品に三毛猫マークをつけて販売するようになりました。このような事態が放置されると、三毛猫マークを信頼した消費者の利益が害され、ミケネコシューズ株式会社の企業努力も無駄となります。何より、同社が築いたマークへの信頼に悪質業者がタダ乗りすることは許されるべきではありません。
そこで、商標法は、ミケネコシューズ株式会社が、「三毛猫マーク」という商標を、ランニングシューズという商品に用いることを特許庁に登録する制度を設けました。特定の商標と、それを用いる商品(指定商品と呼びます)を登録すれば、その商標(登録商標と呼びます)を指定商品に関して独占的に使用できる権利が与えられるのです。
1-2. 商標とは?
このストーリーからわかるように、商標とは、当該商品が、特定の企業により生産されたことを示す目印です。この目印を守ることが商標法の役割です。
商標は伝統的には文字・図形・記号でした。しかし、現在では、三次元的な立体形状、特定の色彩、これらの組み合わせ、さらに「音」までも、生産者の目印として保護の対象とされます(商標法2条1項柱書)。
また、商標が、サービスの提供元を示す目印となることもあります。そこで商標法では、商標を利用する対象をサービス(役務)とすることも認めています。これを「指定役務」と呼びます。ヤマト運輸株式会社のクロネコマークがその典型例です(2条1項2号)。
2.商標法違反となるケース
では、商標法違反となるケースについて具体的に説明していきましょう。
2-1. 商標法違反となるケースその1:専用権侵害
冒頭の例で言えば、ミケネコシューズ株式会社は、登録すれば、ランニングシューズという指定商品に対し、三毛猫マークという登録商標を独占的・排他的に使用する権利を取得します。これを「専用権」と呼びます(25条)。
例えば、ミケネコシューズ株式会社以外の者が、同社に無断で、三毛猫マークをランニングシューズや、その包装に表示する行為は、商標の無断使用(2条3項1号)として専用権侵害となります。
2-2. 商標法違反となるケースその2:禁止権侵害
登録商標と同じマーク、指定商品と同じ商品ではなくとも、類似したマークが、類似した商品に用いられた場合などは、消費者の誤解を招きます。
このため、①登録商標を「指定商品に類似する商品」に使用する行為、②「登録商標に類似する商標」を指定商品に使用する行為、③「登録商標に類似する商標」を「指定商品に類似する商品」に使用する行為は、いずれも商標権を侵害するものとみなされます(37条1号)。これは「みなし侵害行為」と呼ばれます。このような行為を禁止する権利は、専用権の効果を十分とするために、特に保護される範囲を広げたもので、「禁止権」と呼ばれます。
冒頭の例で言えば、登録商標である三毛猫マークと同一ではないものの、多少猫のポーズを変えただけで酷似しているマークは、類似の商標として、指定商品であるランニングシューズに使用することは禁止され、違反すれば、みなし侵害行為となります。
2-3. 商標法違反となるケースその3:間接侵害
商標権の保護を十分なものとするには、専用権侵害を準備段階で禁止する必要があります。そこで商標法は、侵害の準備行為も「みなし侵害行為」としました(37条2号~8号)。これを「間接侵害」と呼びます。
例えば、次のような行為です。
・三毛猫マーク(類似マークを含む)のついたランニングシューズ本体や、そのマークのある包装をしたランニングシューズを、譲渡や輸出などの目的で所持する行為(37条2号)
・三毛猫マーク(類似マークを含む)を使用するために、そのマークを表示した外箱、包装紙、紙ラベルなどを所持する行為(37条5号)
・自分や他人が使う目的で、三毛猫マーク(類似マークを含む)のある包装容器、包装紙、紙ラベルなどを製造したり、輸入したりする行為(37条7号)、これらを製造するためにのみ用いる機械や道具などを製造したり、譲渡したり、輸入したりする行為(37条8号)
3.商標法違反とならないケースその1 商標的使用でない場合
同一のマークを使用していても、商標法違反とはならない場合があります。「商標的使用」でない場合です。
3-1. 商標的使用とは
商標法が商標を保護するのは、登録商標が付された商品や役務は登録権者の責任において提供されているものであると消費者が信頼するからです。いわば商標は、商品や役務の提供元を消費者に表示しており、これを「商標の出所表示機能」と呼びます。また、商標に出所表示機能を発揮させることを「商標的使用」と呼びます。
たとえ登録商標が無断で用いられても、「商標的使用」ではないのであれば(その商品や役務の提供元を消費者に表示する用いられ方でないのであれば)、禁止する理由はありません。
そこで、商標法26条では、需要者(消費者)が、何人かの業務に係る商品・役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標には、商標権の効力は及ばないと定め、このことを明らかにしています(26条1項6号)。
3-2. 商標的使用を否定し、商標権侵害を認めなかった裁判例
包装容器の製造販売業者Aは、ぶどうの梱包用に使う、「巨峰」の文字でデザインされたマークを表示した段ボール箱を製造販売していました。ところが、Bから商標権の侵害として提訴されました。Bは「巨峰」の文字でデザインされたマークの商標登録権者で、指定商品は包装用容器と登録していたのです(つまり、Bは、同マークを付した“段ボール箱”はBが製造したものであるとの表示をするため、指定商品を段ボール箱等の包装用容器とする同マークの商標登録をしていたのです)。
しかし、裁判所は、商標権侵害を認めませんでした。段ボール箱の「巨峰」との表示は、箱の中身を表示したものに過ぎず“段ボール箱”の製造販売元を表示するものではない(商標的使用ではない)と判断されたのです。簡単に言えば、消費者において、「巨峰」のマークが付された“段ボール箱”を見ても、その“段ボール箱”の製造販売元をBだと誤解することはないと判断されたということです(福岡地裁飯塚支部昭和46年9月17日判決・巨峰事件)
3-3. 商標的使用にあたらない、その他の例
他にも商標法は、商標的使用と評価できず、商標権の効力が及ばないケースを定めています(26条1項1号~5号)。これらの場合、他人が商標登録をしていたとしても、商標権の効力が及ばないため、商標権侵害とはなりません。
- 自己の肖像や氏名、会社名などを含む商標を普通に用いる方法(特殊な書体やデザインではない方法)で表示する場合(26条1項1号)
- 普通名称や産地、品質、原材料、効能、用途などの表示を普通に用いる方法で表示する場合(26条1項2号、3号)
例:クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の普通名称である「正露丸」(大阪地裁平成18年7月27日判決・正露丸事件) - 一般的に多く用いられている慣用商標(26条1項4号)
例:清酒の「正宗」、弁当の「幕の内」など - 商品などが当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標(26条1項5号)
ここに政令で定める「特徴」とは、立体的形状・色彩・音とされています(商標法施行令1条)
例:指定商品を自動車のタイヤとした場合の、タイヤが当然に備える円形の形状や黒い色彩だけで作られた商標
4.商標法違反とならないケースその2 類似性がないとき
商標権者の禁止権が及ぶのは、登録商標と類似した商標、指定商品と類似した商品に関してです。そこで、登録商標や指定商品と類似していると認められない場合は、商標権侵害とはなりません。
例えば、Xさんの登録商標(指定商品は商品「A」)が、無断で他人によって商品「B」に使用された場合に、A商品とB商品の間に類似性があるかどうかは、商標の出所表示機能を保護する観点から、消費者が、B商品を商標権者Xさんの商品と誤認する恐れがあるか否かで判断されます(大阪地裁平成18年4月18日判決・ヨーデル事件)。
5.商標法違反の罰則とは?
商標権侵害行為には刑事罰があります。
5-1. 専用権侵害行為への刑事罰
専用権侵害行為の罰則は、①10年以下の拘禁刑、若しくは、②1000万円以下の罰金刑、又は①②の両方を併科されます(商標法78条)。これは被害者による刑事告訴がなくとも起訴ができる非親告罪であり、公訴時効期間は7年間です(刑訴法250条2項4号)。
5-2. みなし侵害行為への刑事罰
みなし侵害行為に対する罰則は、①5年以下の拘禁刑、若しくは、②500万円以下の罰金刑、又は①②の両方を併科されます(商標法78条の2)。これも非親告罪であり、公訴時効期間は5年間です(刑訴法250条2項5号)。
5-3. 両罰規定
法人の代表者や従業員が、その業務に関して犯罪を行ったとき、その行為者を処罰するだけでなく、法人にも罰則を科す(あるいは、個人事業主に使用される従業員が、その業務に関して犯罪を行ったとき、その行為者を処罰するだけでなく、個人事業主にも罰則を科す)のが「両罰規定」です。商標法でも両罰規定が定められています。
法人が両罰規定により処罰される場合は、専用権侵害行為・みなし侵害行為ともに3億円以下の罰金刑が科され(82条1項1号)、個人事業主が両罰規定により処罰される場合には、専用権侵害行為には1000万円以下の罰金刑、みなし侵害行為には500万円以下の罰金刑が科されます(82条1項1号)。
両罰規定の公訴時効期間は、両罰規定適用の前提となった犯罪の公訴時効期間と同一とされ、専用権侵害行為の場合は7年、みなし侵害行為の場合は5年です(82条3項)。
6.商標法違反の民事責任
6-1. 各種民事手続
商標権侵害行為(みなし侵害行為を含む)に対して、商標権者は、次の民事的な請求をすることが可能です。
- 不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、商標法38条)
- 不当利得返還請求(民法704条)
- 侵害行為の停止や予防を求める差止請求(商標法36条1項)
- 廃棄請求(商標法36条2項)
- 謝罪広告など信用回復措置の実施(商標法39条、特許法106条)
6-2. 商標権者の損害賠償を容易にする制度
商標法では、権利を侵害された被害者からの損害賠償請求を容易にする制度が設けられています。
■過失の推定
不法行為に基づく損害賠償請求をするには、被害者側が、加害者の故意・過失を立証しなくてはならないのが原則です。
しかし、登録された商標権は公示されていますから、商標を使用しようとする者は、登録商標の有無を調査できますし、また調査するべきです。この観点から、商標法は、商標権の侵害行為には加害者に過失があったものと推定しています(商標法39条、特許法103条)。反証が認められて、損害賠償義務を免れる例はほとんどないと言われています。
■損害額の立証負担を軽減
不法行為に基づく損害賠償請求では、損害額も被害者が立証しなくてはなりませんが、商標権という目に見えない権利を侵害されたことに基づく損害の金額を明らかにすることは、通常、容易なことではありません。そこで商標法では、次のとおり損害額の立証負担を軽減する制度を設けています。
- 侵害者が商標権を侵害した商品を販売した数量に、商標権者が得られたはずの単価あたりの利益を乗じた金額を商標権者の損害額とする方式(38条1項)
- 侵害者が受けた利益の額を、商標権者の損害額と推定する方式(38条2項)
- 本来、侵害者が商標使用の許諾を受けるために商標権者に支払うべきであった使用料(ライセンス料)の金額を損害の最低額とする方式(38条3項、6項)
- 商標権の取得および維持に通常必要とされる費用に相当する額を損害の最低額とする方式(38条5項、6項)
6-3. 廃棄請求
商標権侵害行為の予防を請求する差止請求にあたっては、予防に必要な措置として、侵害行為に用いた物の廃棄や設備の取り壊しなどを求めることができます(商標法36条2項)。例えば商標を表示した商品やチラシなどの廃棄や、看板の撤去などです。
7.商標法違反をしたことが判明したらどうすればいい?
自社による商標権侵害行為が明らかになった場合、どのような対応が考えられるでしょうか。
7-1. 謝罪し、示談を目指す
先に述べたとおり、商標法違反は非親告罪であり、刑事告訴がなくとも起訴される可能性がある犯罪です。これは商標権が、権利者の利益にとどまらず、商標を信頼する一般消費者の利益をも保護する公益性の強い権利だからです(商標権の公益性を指摘する裁判例として、大阪地裁昭和45年2月27日判決)。
もっとも、商標権侵害が問題となる事例では、まず商標権を侵害された被害者(会社)からの侵害者(会社)に対するクレーム、差し止めや損害賠償の要求といった民事紛争に始まり、交渉によって和解(示談)できない場合に、被害者が刑事告訴を行い、捜査機関が刑事事件として立件するという流れが通常です。
被害企業からクレームを受けた段階で、まずは事実を調査し、侵害の有無を確認すべきです。侵害の事実に相違がなく、従業員の故意・過失も認められるという場合は、直ちに謝罪を申し入れ、商品の早期回収を実施し、謝罪広告や損害賠償の提案を含めた示談交渉を進めます。
商標法違反は非親告罪ですが、示談を成立させて被害者の許しを得れば、被害届の提出や刑事告訴までに至らず、刑事事件として立件される可能性は事実上なくなりますし、仮に立件されたとしても起訴猶予によって起訴を回避できる可能性が高まるからです。
7-2. 専門家による反論の検討
商標権を侵害しているかどうかについては、正確な判断が非常に難しく、被害者と称する者の主張が法的に正しいか否かは、法律の専門家による検討が必須です。
また、確かに他人の登録商標を使用してしまったという場合であっても、商標法違反は成立しないと反論できる法的手段は残されています。
前述したとおり、商標的使用や類似性を否定することもそのひとつです。また、商標登録それ自体が適法なものではないとして、登録の無効を申し立てる登録無効審判請求(商標法46条)や、登録出願よりも先に、当該商標を使用して周知されていたと主張する「先使用の抗弁」(商標法32条)などの争い方もあります。
このように様々な反論手段がありますから、商標権侵害の問題は、まずは弁護士に相談することが必要です。
8.商標法違反にならないための方法
8-1. 商標登録の有無を調査
商標権は登録され公開されています。他人の商標権を侵害しないためには、商標を使用しようとする場合に、他人によって同一の商標登録がなされていないかを調査することが大切です。特許庁の商標検索システムである「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」を活用することができます。
8-2. 類似性の検討
同一の商標、同一の指定商品・役務でなくとも、類似商標、類似商品・役務の使用は、みなし侵害行為となりますから、類似しているか否かの判断をしなくてはなりません。これには専門の弁護士に相談をすることが必要です。
8-3. 速やかに商標登録の手続を
商標は先に登録した者に権利が認められる先願主義(8条1項)が採用されています。自社で使用したい商標が、先に他社に登録されてしまうことのないよう、速やかに登録手続を済ませることが肝要です。
9.お気軽にご相談ください
弁護士法人上原総合法律事務所では、商標法違反に詳しい弁護士が、事業主様からのご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。



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