
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
定年制は、労働者が一定の年齢(定年)に達したことを理由に労働契約を終了させる制度です。
かつて我が国では55歳定年制が一般的でした。しかし、高齢化の進展により、定年延長、すなわち定年年齢の引き上げ(定年年齢の高齢化)が進んできました。
具体的には、昭和61年に法律で60歳までの定年延長が努力義務とされ、平成6年には60歳未満の定年は禁止されました。
さらに、平成16年、65歳までの定年延長など雇用を確保する措置が事業主に義務付けられ(※)、令和3年4月からは、70歳までの定年延長など就業機会の確保が努力義務とされるに至っています。
※65歳までの雇用確保措置の適用年齢に設けられていた経過措置の終了により、令和7年4月からは、高年齢者の全員が雇用確保措置の対象となりました。
このような雇用・就業確保の義務に応ずるための定年延長を行う際、企業が検討しなくてはならない重要事項のひとつが退職金です。この記事では、定年延長を行った場合に退職金制度をどのように定めるべきかについて解説します。
目次
1. 現行法が求める定年延長とは
まず、現行法が要求している定年延長の内容を正確に理解しておきましょう。
1-1. 65歳までの定年延長
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では、60歳未満の定年は禁止されています(同法8条)。
また同法は、65歳までの安定した雇用を確保するため、次の3種類の雇用確保措置のうち、いずれかを選択し講じることを事業主の義務としています(同法9条1項1号~3号)。
それは、①定年年齢の引上げ、②定年制度の廃止、③継続雇用制度の導入です。継続雇用制度は、定年後も引き続き雇用をする制度であり、定年でいったん終了させた雇用契約を改めて結びなおす「再雇用」、定年後もそのまま雇用契約を継続する「勤務延長」があります。
いずれかの措置を採用することが法的義務であり、その義務違反は、厚生労働大臣による指導・助言・是正勧告・企業名公表の対象となります(同法10条)。
1-2. 70歳までの定年延長
令和2年に行われた同法の改正では、①70歳までの定年引き上げ、②定年制度の廃止、③70歳までの継続雇用制度の導入の措置を採用すること等で、65歳から70歳までの安定した雇用就業を確保する「努力義務」を事業主に課しました(同法第10条の2本文)。
このように、事業主が定年制度を維持する限りは、定年年齢を65歳以上に延長するか、定年後も65歳まで雇用を継続しなくてはなりません。また、さらにこれらの年齢を70歳まで延長する「努力」も求められているわけです。
2.定年延長で退職金制度を変更できるか
2-1. 定年延長で退職金制度を変更する必要性とは?
退職する労働者に退職金を支給することは法的な義務ではありません。
しかし、多くの企業では退職金の支給が制度として採用されています。
退職金は、法的には賃金の後払いと理解されています。他方で経済的には労働者による積年の貢献に報いる功労報償的な性格があり、通常は勤続年数に比例して金額が大きくなるよう設定されています。例えば、退職時点の基本給額に、勤続年数別の係数を乗じて退職金の額を算出する方法です。
定年延長となると、退職金規定がそのままでは、退職金額は増額していくことが通常です。そこで定年延長を決める際に、退職金の算定方法を変更し、増額を抑制したり、減額したりすることが考えられます。しかし、このような変更は許されるのでしょうか?
2-2. 労使の合意で退職金規定を変更する場合
労働者が退職にあたって定められた退職金を受け取ることは、労働条件のひとつとして労働契約の内容となっています。
そのため、退職金の規定を変更するには、原則として労働者と使用者間の合意が必要です(労働契約法8条)。
ただし、単に形式的に合意を得れば足りるというものではなく、労働者に「退職金の定めの変更に同意します」旨の同意書を提出させただけで、労働契約法上の合意が認められるというわけではないので、注意が必要です。
以下では、この点について詳しく解説します。
退職金切り下げへの労働者の同意は客観的に合理的な理由が必要
労働者は、社会経済的に使用者よりも弱い立場で、不利な労働条件を押し付けられがちであり、変更内容をめぐる情報収集能力にも限界があります。このため、労働条件が不利益に変更される場合には、労働者が自由な意思によって同意したものか否かを慎重に判断する必要があります。このような見地から、最高裁の判例では、同意が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる客観的に合理的な理由が存在することが要求されています。
【最高裁判例】(最高裁平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件)
退職金支給基準の引き下げにつき、労働者の同意書が提出されていた事案です。東京高裁は、労働者の同意による変更を有効としました。
しかし、最高裁は、変更による労働者に対する不利益の内容・程度、労働者が同意した経緯・同意の態様、同意に先立つ労働者への情報提供・説明の内容等に照らし、労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断するべきとしました。
その上で、変更内容は退職金総額を従前の半分以下とするなどの内容であるうえ、自己都合退職の場合には退職金額が0円となる可能性が高く、そのような情報提供も不十分であったことなどを指摘して、審理不尽を理由に原判決を破棄して、高裁に差し戻しました。
退職金切り下げには、労働者の同意だけでなく、就業規則の変更も必要
なお、退職金に関する事項は就業規則に定めなくてはなりません(労基法89条3号の2)から、定年延長で変更するには、就業規則の内容も変更する必要があります。
労働者の同意があり、その自由な意思に基づくと認められる客観的に合理的な理由がある場合でも、就業規則の内容を変更しておかないと、労働者・使用者間の合意自体が、就業規則の定める基準に達しない労働条件であるとして無効となってしまうからです(就業規則の最低基準的効力:労働契約法12条)。この点は上記の最高裁判例でも指摘されており、注意が必要です。
2-3. 就業規則の一方的な変更で退職金を切り下げる場合
就業規則における労働条件変更時の労働契約規律効力
先に述べたとおり、使用者は、退職金を含む労働条件につき、労働者と合意することなく、労働者に不利益となる変更をすることはできないのが原則です(労働契約法9条本文)。
しかし、これには例外があります。労働者の合意がなくとも、労働条件を変更することが認められる場合があるのです。就業規則における「労働条件変更時の労働契約規律効力」などと称される制度です。
就業規則には、労働者の保護にとどまらず、統一的で公平な労働条件・職場規律を明示し、効率的な企業運営を実現するという機能があります。そこで、労働者保護に配慮した法定の条件をクリアすれば、労働者の合意がなくとも、使用者が一方的に就業規則を変更することで、労働条件を引き下げることが認められています(同法10条)。
法定の条件とは次のとおりです。
- 変更後の就業規則の内容を労働者に周知させていること
- 変更後の就業規則の内容が不利益の程度、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合等との交渉状況、その他の事情に照らして合理的と判断されること
- 労働者と使用者が、労働契約で、就業規則の変更によっては変更できない労働条件だと合意した事項ではないこと
就業規則の一方的な変更で退職金の切り下げを有効とした最高裁判例
【最高裁判例】(最高裁昭和63年2月16日判決・大曲市農業協同組合事件)
A農業協同組合を含む7つの農業協同組合を合併するため、賃金・退職金規定を統一・整備する一環として、A農業協同組合の退職金支給率を引き下げた事案です。最高裁は、次の諸点を指摘して、合理的で有効な変更としました。
①退職金支給倍率は、県農協中央会の指導によって他の6組合が採用してきた数値であり、A組合だけが指導に従わず高水準だったから、他の6組合に合わせる必要性が高いこと、②合併で給与が増額され、これと連動して賞与・退職金も増額分があり、退職金支給率の引き下げによる減額分は補てんされること、③合併で休日、休暇、諸手当、定年延長(男性1年、女性3年)などの点で労働者に有利となっていること。なお、この判例は、労働契約法の制定(平成19年)より前のものですが、そもそも同法10条は、この判例を含む最高裁の考え方を明文化した規定です。
就業規則の一方的な変更による退職金の切り下げを無効とした最高裁判例
【最高裁判例】( 最高裁昭和58年7月15日判決・御国ハイヤー事件)
Y社は、退職金の算定につき、①退職時の基本給月額に勤続年数を乗じた金額とし、②勤続年数は入社日から退職または死亡の日まで、③1年未満は日割りとする退職金規程を定めていました。
ところがY社は、労働者の同意なく、この規程を廃止したうえ、廃止日までは勤続年数に算入するが、廃止日の翌日以降は勤続年数に算入しないと退職金規程を変更しました。しかし、最高裁は、不利益を労働者に一方的に課す変更なのに、不利益の代償となる労働条件を何ら提供していないうえに、不利益を是認すべき特別な事情もないと指摘して、不合理で無効な変更としました。
3.定年延長で退職金を減額(カット)してもよいか?
3-1. 定年延長で退職金を減額する方法
多くの場合、退職金は退職時の基本給に、勤続年数に応じた支給率を乗じて算出しますから、定年延長をする場合に、延長後の賃金が変わらないのであれば、勤続年数の長期化によって、退職金の企業負担も増加することになります。そこで企業としては、定年延長にあたり、何らかの方法で退職金を減額するか、増額を抑制したいと考えます。
その方法には、たとえば、①60歳以後の基本給を減額する、②60歳以後の勤続期間は、退職金算定の勤続年数に含めない、③60歳以後の勤続期間は支給率を下げるなどの方法があります。
ただし、これまでの説明から明らかなとおり、どのような方法であっても、退職金の総額が減額となる事態は労働者に不利益な労働条件の変更ですから、その有効性が争いとなった場合は、裁判所によって厳しく合理性などが問われます。何らの代替措置もなく、経費節減だけを目的として退職金を減額することは認められないでしょう。
3-2. 延長前の定年までの退職金を払ってしまう方法
他方、定年延長による退職金の増額を防ぐために、60歳時点で、それまでの勤続年数に対応した退職金を支払ってしまえば、労働者の不利益は回避できます。その後、たとえば65歳や70歳までの勤続に対しては退職金制度を設けないことも許されますし、60歳までとは異なる低い水準の退職金制度を設けることも可能です。労働条件の不利益な変更には該当しないからです。
なお、退職金は「退職所得」として、所得税の取扱いにおいて、有利な控除を受けることができます(所得税法30条)が、退職していない時点で退職金を受け取ってしまえば、本来は、この有利な扱いを受けることはできないはずです。
しかし、定年後も引き続き雇用する従業員に対し、定年前の勤続期間に対応する退職金を支払うケースや、定年を延長した場合に、延長前の定年年齢よりも前の勤続期間に対応する退職金を支払うケースなどでは、「退職所得」として有利な扱いを受けることができる場合があります(※)。
4.退職金の支給時期はいつにすべきか?
4-1. 定年延長で退職金支給時期が遅くなる
60歳定年を65歳定年とすれば、定年退職による退職金支給時期も60歳から65歳へと遅くなります。延長した期間の基本給や支給率を低下させず、定年までの勤務期間を退職金額に反映させるのであれば、勤務期間が65歳まで延びることで、退職金は増額します。加えて、5年間の賃金も得られるのですから、就業規則の一方的な変更であっても、労働者に不利益な労働条件の変更とは言えませんし、労働者が同意する客観的に合理的な理由もあると言えます。
ただし、定年による退職の場合と、それ以外の自己都合退職の場合とで、退職金の額に差が生じる場合には、不利益な変更となる可能性があります。これが次に説明する問題です。
4-2. 定年延長した後、60歳で早期に退職した人を自己都合退職にできるか?
多くの企業では、定年退職した場合と労働者の自己都合で退職した場合とでは、退職金の支給率などに差異を設け、自己都合退職の退職金がより低額となるよう設定しています。退職金には功労報償的な性格もある以上、退職事由に応じて、このような差異を設けることも公序良俗(民法90条)に反しない限りは許されます。
ただし、次のような事案はどうでしょうか?
【事例】
60歳定年制を定めていたY社が、65歳に定年を延長したところ、労働者Xが60歳で退職しました。これは定年による退職ではないので、Y社側は、自己都合退職として扱い、低い支給率で計算した退職金を支給しました。
しかし、Xは、「従前は、60歳の定年で退職すれば、高い支給率の退職金を受け取れたのに、定年が65歳に延びたために低額の退職金しか得られないのは就業規則の不利益変更で、かつ不合理だから、就業規則の変更は無効だ」と主張し、定年退職による支給率で計算した退職金の支払いを請求しました。
変更前には60歳時点で受け取ることができた退職金の額が、変更後は減額されてしまう以上、労働者に不利益な労働条件の変更です。①この制度変更が労働者の合意を得て行われた場合でも、同意が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる客観的に合理的な理由の存在が要求されますし、②就業規則の一方的な変更によって行われた場合は、労働契約法10条の要件を充たす合理性が要求されます。事案にもよりますが、通常は、退職金の減額を埋め合わせるに足りるだけの有利な代替条件がない限り、変更は無効というべきでしょう。
このような事態を避けるには、定年を65歳に延長しつつ、その定年前に退職したとしても、退職金の算定にあたっては、自己都合退職と扱わず、定年退職として扱う特例を設けるべきでしょう。現に後述のとおり、国家公務員の定年延長については、この方法が採用されています。
5.公務員の定年延長では退職金はどうなる?
5-1. 国家公務員の定年延長
国家公務員の定年の段階的な延長
令和5年4月、「国家公務員法等の一部を改正する法律」(令和3年法律第61号)が施行されました。これにより国家公務員の定年は60歳から65歳に延長されました(改正後の国家公務員法81条の6第1項、2項)。ただし、暫定措置により、次のとおり、令和5年度から令和11年度にかけて、2年ずつ段階的に延長されます。
【国家公務員の定年の段階的な延長】(改正後の国家公務員法附則8条1項)
- 令和5年4月1日から令和7年3月31日まで…61歳
- 令和7年4月1日から令和9年3月31日まで…62歳
- 令和9年4月1日から令和11年年3月31日まで…63歳
- 令和11年年4月1日から令和13年3月31日まで…64歳
国家公務員の定年延長に伴う退職金の措置
国家公務員の定年延長によって退職金が減額となってしまう事態を回避するための方策として、(1)60歳経過後の自己都合退職を定年退職として扱う措置、(2)定年延長で減額される前の俸給月額をベースとする退職手当と、減額後の俸給月額をベースとする退職手当を合算する措置を採用しています。
(1)60歳経過後の自己都合退職を定年退職として扱う措置
国家公務員の退職手当は、その退職日の俸給月額に支給率を乗じて算定しますが、支給率は退職事由によって異なり、定年退職の支給率(国家公務員退職手当法4条1項)は、自己都合退職の支給率(同法3条1項)よりも高く設定されています。
このため定年延長の前は60歳時点で定年となり退職手当を受け取れるはずだった者が、定年延長後に60歳を過ぎてから退職すると、自己都合退職として低い支給率となってしまう不利益を受けます。これを回避するために、当分の間は、60歳を過ぎてから退職した者は、たとえ延長後の定年による退職ではなくとも、定年退職と同じ支給率で計算する措置がとられています(「国家公務員退職手当法」附則12項)。
(2)定年延長により減額される前の俸給月額をベースとする退職手当と、減額後の俸給月額をベースとする退職手当を合算する措置(ピーク時特例)
当面の間、定年延長後は、61歳に達する年度から定年までの俸給月額は、60歳時の7割が水準とされています(「一般職の職員の給与に関する法律」附則8項、10項)。
しかし、このまま7割の俸給月額をベースに退職金を算定すると不利益ですので、①減額までの勤続期間に応じた支給率に減額前の俸給月額を乗じた金額と、②減額してから退職までの勤続期間に応じた支給率に減額後の俸給月額を乗じた金額を合算する計算方法が採用されます(国家公務員退職手当法5条の2)。これを「ピーク時特例」と呼びます。これにより定年延長がなされても、延長前と同額の退職手当額は保証されることとなり、勤務期間が長くなることで、さらに退職手当が増額されることとなります。
参考資料:人事院給与局・内閣官房内閣人事局「国家公務員の60歳以降の働き方について(概要)」(令和7年4月※)
5-2. 地方公務員の定年延長
地方公務員の定年年齢は、国の職員につき定められている定年を基準に条例で定めるものとされています(地方公務員法28条の6第2項)。また、地方公務員に対する退職手当も条例で定めることが必要です(地方自治法204条2項、3項)。
したがって、地方公務員については、今後、地方議会の制定する条例によって定年延長後の制度が具体化されていくことになります。そのための具体的な留意事項などにつき、総務省が各種の通知や資料を明らかにしています。
【参考資料】
- 総務省公務員部資料「地方公務員法の一部を改正する法律について(地方公務員の定年引上げ関係)」(令和3年6月25日)
- 総務省:「地方公務員の定年引上げに向けた留意事項について(通知)」(総行公第25号、総行女第10号、総行給第21号・令和4年3月31日)
- 「地方公務員の定年引上げに伴う定員管理に関する基本的な考え方及び留意事項等について(通知)」(総行給第48号令和4年6月24日)
- 総務省開催にかかる研究会「定年引き上げに伴う地方公共団体の定員管理のあり方に関する研究会報告書」(令和4年6月)
6.お気軽にご相談ください
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