
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
顧客等からのクレームには、商品やサービスの問題・改善点を気付かせてくれる有益な意見もあります。
一方で、電話応対で何時間も通話を余儀なくされたうえ、脅迫めいたことを言われる等、不当、悪質なクレーム(いわゆるカスタマーハラスメント)は珍しくありません。
近年、カスタマーハラスメントは社会的な問題となっており、企業では、従業員の名前を非表示とする、対応指針を策定して公表する等、カスタマーハラスメントへの対策が進んでいます。
後で詳しく述べますが、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成、公開しています。
また、条例によりカスタマーハラスメントを防止しようとする動きもあり、2024年10月には、全国で初めて東京都で条例が成立しました。この条例は、カスタマーハラスメントを「顧客から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為で、就業環境を害するもの」と定義したうえで、何人もカスタマーハラスメントを行ってはならない等と規定しています。また、事業者に対しては、カスタマーハラスメントを防止するために必要な体制整備等の義務を課しています。もっとも、条例違反に対して罰則規定は設けられていません。
カスタマーハラスメントは、適時かつ適切に対処しなければ、会社の健全な経済活動を阻害する等、会社に多大な損失を与えるおそれがあります。
この記事では、カスタマーハラスメントの具体例、カスタマーハラスメントへの対応策等について、説明します。

目次
1.カスタマーハラスメントとは?
カスタマーハラスメントとは、ごく大雑把に言えば、顧客や取引先等から寄せられる要求やクレームのうち、不当、悪質なものです。
前に述べましたが、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成し、これを公表しています。
このマニュアルでは、カスタマーハラスメントを、次のとおり定義しています。
「顧客・取引先からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、従業員の就業環境が害されるもの」
もっとも、現時点においては、カスタマーハラスメントは法的に定義された用語ではなく、あくまでも社会的に使われている用語ですし、その外延も明確ではありません。上記の定義は参照されるべきですが、これに当てはまらない場合であってもカスタマーハラスメントとして対応すべきケースはあると思われます。
2.カスタマーハラスメントの具体例
カスタマーハラスメントの主要なタイプは次のとおりです。
2-1. 時間拘束型
例
・1時間を超えても面談や電話をやめず、話し続ける。
・話を終えても、店舗や事業所から出て行かない。
2-2. リピート型
例
・足繁く店舗を訪れてはクレームをつける。
・繰り返し電話をかけてくる 。
・A部署だけでなく、B部署、C部署に問題があると、複数部署に対し何度もクレームをつける。
2-3. 暴言型
例
・対応した電話オペレーターに暴言を吐き、責めたてる。
・他の客もいる店舗内で、大声を出して文句を並べる。
2-4. 脅迫型
例
・言うとおりにしないと、「叩き壊すぞ」、「ぶち殺すぞ」と脅迫する。
・ネットやマスメディアに暴露するぞと脅す。
2-5. 暴行型
例
・拳で殴りかかる。
・要求が思いどおりにならないことに腹を立て、店員に唾を吐きかける。
2-6. インターネット上での公開
例
・対応した従業員の氏名等の個人情報をインターネット上で公開する。
・会社に不当な対応をされたと事実をねつ造し、それをインターネット上で公開し、会社の信用を毀損する
2-7. 正当な理由なく過剰な要求をする
例
・言いがかりをつけて金銭を要求する。
・フロントに預けていた時計が故障していたと修理代金を請求する。
・バスや電車が遅れたから、運賃を払わない、安くしろ等と要求する。
・サービスが悪いから、宿泊代を返せと迫る。
・ホテルの歯ブラシやタオル等アメニティーグッズをたくさん寄こせという。
3.カスタマーハラスメントは刑事罰に問われる可能性もある
カスタマーハラスメント行為は、刑法や軽犯罪法に抵触し、刑事罰を受ける可能性があります。抵触する可能性のある法律は次のとおりです。
罪名・条文
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問題となるカスタマーハラスメントの例
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法定刑
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暴行罪(刑法208条)
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従業員を殴った
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2年以下の懲役、30万円以下の罰金、拘留、科料
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傷害罪(刑法204条)
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従業員に怪我をさせた
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15年以下の懲役、50万円以下の罰金
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脅迫罪(刑法222条)
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従業員の生命、身体、自由、名誉、財産に対し害を加えると告知した
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2年以下の懲役、30万円以下の罰金
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恐喝罪(刑法249条)
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従業員に暴行、脅迫を加えて、財物を交付させたり、財産的利益を得た
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10年以下の懲役
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強要罪(刑法223条)
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従業員に暴行、脅迫を加えて義務のないことを行わせた
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3年以下の懲役
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名誉毀損罪(刑法230条)
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公然と、従業員の社会的評価を低下させる具体的な事実を摘示した
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3年以下の懲役・禁固、50万円以下の罰金
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侮辱罪(刑法231条)
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公然と、従業員を侮辱した
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1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金、拘留、科料
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不退去罪(刑法130条)
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従業員から退去の要求を受けたのに、店舗や事務所から退去しなかった
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3年以下の懲役、10万円以下の罰金
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威力業務妨害罪
(224条) |
執拗に電話をかけてくる
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3年以下の懲役、50万円以下の罰金
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4.会社がカスタマーハラスメントを放置するとどうなる?
では、会社がカスタマーハラスメントを放置すると、どのような事態が生じるでしょうか。
4-1. 従業員の生産性低下、離職等
カスタマーハラスメントの第一の被害者は、応対する従業員です。多くの場合、精神的なダメージ等から、次のような事態が生じることが想定されます。
- 勤労意欲の低下
- 顧客対応への恐怖感、苦痛
- 睡眠不足、うつ状態、頭痛、耳鳴り、精神疾患等の健康被害
- 休職
- 配置転換の希望
- 退職
このようにカスタマーハラスメントによって、企業にとって大切な戦力である従業員のパフォーマンスを阻害して生産性を下げるだけでなく、貴重な人材を失わせる危険もあるのです。
4-2. 企業経営上の損失
カスタマーハラスメント対策を軽視して、カスタマーハラスメントが頻発する事態となれば、企業には、次のような事態が生じることが想定されます。
- 謝罪、電話での応対、対応方法を検討する会議の実施、弁護士への相談等により時間を浪費する。
- 時間を浪費した分、他の重要な業務が行えなくなる。他の優良顧客へのサービスが不十分となり、顧客の満足度が下がってしまう。
- 被害を受けた従業員の休職、退職を補充するため、新規の人材採用が不可避となり、その募集費用、採用後の教育費用がかかる。
- 要求に応じて、商品・サービスの金額を値下げしたり、他の商品との交換に応じたり、慰謝料支払に応じたりすることで、余計なコストが増大する。
- カスタマーハラスメントが横行する企業という評価が定着し、企業イメージが低下する。
4-3. 従業員から安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求される可能性がある
会社は、労働契約上の義務として、従業員の生命・身体の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする法的義務があります(労働契約法5条)。これを安全(健康)配慮義務と呼びます。
企業がカスタマーハラスメントを放置し、その被害から従業員を守るための措置を講じない場合、被害を受けた従業員から、安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求される恐れがあります。
【裁判例】横浜地裁川崎支部令和3年11月30日判決・労働経済判例速報2477号18頁
テレビ局の関連会社Y社の従業員Xは、コールセンターにおいて、視聴者からの電話に応対する業務(コミュニケーター)に従事していましたが、わいせつな発言や暴言等の被害に遭遇し、Y社は要注意視聴者のわいせつ発言・暴言等に触れさせないようにすべき安全配慮義務を負担していたのに、これを尽くさなかったとして、Y社に損害賠償を請求しました。
裁判所は、Y社が視聴者のわいせつ発言や暴言、著しく不当な要求からコミュニケーターの心身の安全を確保するためのルールを策定した上、これに沿って対処をしていること、Y社では無料のフリーダイヤルで専門のカウンセラーによるメンタルヘルス相談、提携カウンセリング機関で面接による無料のカウンセリング、社会三法(労働基準法、労働組合法、労働関係調整法)適用者を対象に毎年ストレスチェックを実施しており、検査の結果高ストレスと判定され、産業医の面接指導が必要と判断された場合には、希望により面接指導を受けることができるようになっていること等から、Y社が安全配慮義務を怠ったとは認められないと判断しました。
5.会社のカスタマーハラスメントのへの対応方法
では、会社は、カスタマーハラスメントに対し、どのような対策をとるべきでしょうか。
前に紹介した厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、概要、次のような対策を紹介しています。
5-1. 会社の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
・会社としての対策の基本方針・姿勢を明確にする。
例:企業全体としてカスタマーハラスメント対策に取組む決意、カスタマーハラスメントは許さない、会社組織は従業員を守る、組織として毅然とした対応をする等
・これらの基本方針・姿勢を従業員に周知し、啓発・教育活動を行う。
5-2. 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
- カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できる体制をつくる。
- 相談応対者、相談窓口を従業員に周知する。
- 相談対応者が被害者の心情等に配慮する。
- 人事部門、法務部門、外部関係機関(弁護士等)と連携できるような対策を構築する。
- 具体的な対応方法をまとめたマニュアルを作成する。
5-3. カスタマーハラスメントへの対応方法、手順の策定
カスタマーハラスメント行為が発生した場合に、従業員の具体的な対応方法や応援体制等を事前に決めておく。
例:複数人で応対する、窓口を一本化する、発言を録音する、職場外では面会しない等
5-4. 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
- 策定した対応ルールに基づいて実際の行動をとることができるよう、教育・研修を行う。
- 教育・研修は、従業員だけでなく、相談対応者、経営陣に対しても行う。
5-5. 事実関係の正確な確認と事案への対応
- カスタマーハラスメントと思われる事態が発生したとき、カスタマーハラスメントか否かの判断のため、顧客及び従業員の言い分を十分に聴取し、裏付ける証拠の有無も調査する。
- カスタマーハラスメントであると判断した場合は、予め策定した手順に従って対応する。
5-6. 従業員への配慮の措置
従業員の被害に配慮した措置を直ちにとる。
例:従業員が暴力やセクハラ行為を受けた場合、加害者から被害者を引き離し、安全を確保する、事案により警察と連携をとる
例:従業員のメンタルヘルスに不調の兆候がある場合、産業医やカウンセラーへの相談・診察を促し、定期的にストレスチェックを実施する
5-7. 再発防止のための取組み
- 同種問題の再発を防止するために、発生した事案の情報を従業員に共有する。
- 再発防止の取組の内容は定期的に見直しをする。
6.お気軽にご相談ください
これまで述べたとおり、カスタマーハラスメントは会社に多大な損害を与えかねない行為です。これに対し、会社は適時かつ適切な対応をとらなければなりません。
会社がカスタマーハラスメントに対して不適切な対応をとってしまうと、問題が余計にこじれ、解決が遠のいてしまうおそれがあります。また、会社だけでカスタマーハラスメントに対応しようとしたがために、従業員が疲弊して離職してしまう、精神疾患を発症してしまう等の危険性もあります。
このような事態を避けるためには、カスタマーハラスメントが発生した場合の対応方針の策定やハラスメントを受けた従業員への支援提供等、社内の体制整備が重要です。そうした社内体制の整備や実際にカスタマーハラスメントが発生した場合の対応についてはやはり実務に明るい弁護士への依頼がおすすめです。
上原総合法律事務所では、カスタマーハラスメントの実態や労働問題に詳しい弁護士が、会社からのご相談をお受けしています。
また、カスタマーハラスメント行為は、刑法や軽犯罪法に違反する可能性もありますが、当事務所では、刑事に詳しい元検察官の弁護士がカスタマーハラスメントに適切に対応することが可能です。
顧客等からのカスタマーハラスメント対応にお困りの方は、お気軽にご相談ください。