「モンスターペイシェント」にどのように対応すべきでしょうか。医療の現場における過度な要求や暴言、威圧的な態度で、医療従事者の負担は増大しています。
本来の業務である診療に集中するために、一時の我慢をして穏便にやり過ごしたくなりますが、重なる問題行動を黙認し続ければ、彼らはエスカレートし、紛争の拡大を招来します。
毅然とした対応が必要になりますが、法的に間違ったことをしてしまうと、相手に新たな攻撃材料を与えるだけです。医療機関側に法的責任が生じない対処方法が必要です。
この記事では、元検事の弁護士が、医療機関におけるモンスターペイシェントへの法的に正しい対処方法について解説します。
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モンスターペイシェントとは、医療機関で不当な要求や言動を行い、医療従事者の業務を妨害する患者です。
モンスターペイシェントの言動には、様々な迷惑行為がありますが、次の例などが典型的でしょう。
これら行為は、医療従事者に不要な精神的負担をかけ、本来の診療に割くべき時間と労力を消耗させ、医療の質を著しく低下させます。
他の患者にも多大な迷惑を及ぼし、その病院の利用を回避させる原因にもなりかねません。
モンスターペイシェントが生まれる要因として、①医学知識の乏しい患者による過剰な期待や、②医療機関による過度の「患者様」至上主義などが指摘されています。
もっとも、今や、あらゆる業界で「カスタマーハラスメント」による被害が報告されていますから、医療分野に特異な現象ではないとも言えます。
ただし、医療機関には、他のサービス業とは全く異なる事情がひとつあります。それが、医師の「応招義務」です。
医師法19条1項では、医師は、診察治療を求められたら、正当な事由がない限り、拒否してはならないと「応招義務」を定めています。
医療従事者が、この応招義務を誠実、厳格に守ってきたあまり、患者の要求を優先しがちな雰囲気が醸成されてしまったという意見もあり、あながち的外れではないでしょう。
そこで、モンスターペイシェントへの対応方法のうち、まず、この応招義務にかかわる「診療拒否」の問題から解説をはじめましょう。
モンスターペイシェントの問題行動が改まらない場合、最終的には診察・治療を拒否することになります。
ただし、医療機関は応招義務が念頭にあり、診療を拒否すると医療機関側が法的な責任を問われるのでは、という心配から、この手段を躊躇してしまいがちです。
では、診療を拒否した医療機関は法的責任を負うのでしょうか?
実は、応招義務は、医師が国家に対して負う責務(公法上の義務)を定めたものに過ぎず、患者に対して直接義務を負うことを定めたものではないというのが、一般的な理解です。
裁判例でも、「応招義務は本来医師の国家に対する義務であって、(中略)直接医師が患者に対して右義務を負担するものと解することはできず」と判示したものがあります(東京地裁昭和56年10月27日判決)。
したがって、仮に応招義務違反があったとしても、医師法違反を理由として、患者に対する民事責任を負うことはありません。
また、応招義務には罰則もないので、医師法違反を理由として刑事責任を負うこともありません。
しかし、応招義務違反が、一切、民事責任と無関係というわけではありません。
診療を拒否したところ、結果として、患者の死亡や後遺障害といった現実の損害が生じた事案で、患者側が、診療拒否自体が過失だと主張した場合です。
複数の裁判例において、応招義務は公法上の義務であるため、診療を拒否しても、直ちに民事責任に結びつくものではないとしつつも、応招義務には患者保護の側面もあるとして、診療拒否があった場合、正当事由に該当する具体的な事実を、医師側が主張・立証しない限り、医師の過失を一応推定するべきと判示されています(※神戸地裁平成4年6月30日決定、千葉地裁昭和61年7月25日決定)。
このように、医師側が正当事由を主張・立証できないと、過失による民事責任を問われてしまう危険があります。
では、患者がモンスターペイシェントであることが、「正当な事由」に該当するのでしょうか?
答えはイエスです。ポイントは、医師と患者の信頼関係の欠如です。
裁判例では、診療拒否がなされたときでも、①診察・治療に緊急性がないこと、②代替の医療機関があること、③医療機関と患者の間の信頼関係が失われたと認められること、この3要件が充たされた場合は、正当な事由に該当すると判示しています。
A病院で不妊治療をしていた患者Bは、同病院の過失があったとして、治療を継続中であるにもかかわらず、約1800万円の損害賠償を求めて民事訴訟を起こしました。
同病院は、提訴されながらBの治療を継続することはできないとして、Bに対し、予約済みの診療を延期し、他の病院での治療を依頼する書面を交付しました。
するとBは、応招義務違反の診療拒絶だとして、さらに140万円の慰謝料を求めて提訴しました。
裁判所は、実質的に同文書は診療拒絶を内容としたものとしつつも、同病院とBとの間の信頼関係は失われており、緊急性のある診療ではなく、Bの居住地域には他にも不妊治療を行う代替医療機関もあることから、正当な事由があるとして、Bの請求を棄却しました。
患者Bは、A歯科医院でインプラント治療を受けていましたが、治療期間が長いと不満を持ち、歯科医師からの指示を守らず、医師や職員に暴言を繰り返し、合理的な理由もなく治療費の支払をたびたび拒否するなどの行動に出ました。
このためA歯科医師が、予定した治療の最終段階を終了した後に、コミュニケーションがとれないことを理由として、今後の診療を拒否したところ、Bは不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴しました。
歯科医師にも、医師と全く同じ応招義務がありますが(歯科医師法19条1項)、裁判所は、Bの言動によって信頼関係が破壊されており、診療拒否は正当な事由があると判断し、請求を棄却しました。
以上のとおり、モンスターペイシェントの診療を拒否した場合、正当事由は、医師側が主張し、証拠をもって立証しなくてはなりません。
患者の不当な言動が存在し、信頼関係が失われていたことを示す証拠を提出できないときは、医師側の過失が認められる危険があります。
したがって、モンスターペイシェントの言動を逐一、記録しておくことが、民事責任を回避するために不可欠なのです。彼らの言動を、診療記録、日誌、録音、録画などで記録しておくことが肝要です。
モンスターペイシェントは、医療機関に損害賠償請求など、不当な金銭要求を行う例があります。
相手が訴訟を起こせば、法廷で反論して決着をつけられますが、法的な手段には訴えて来ず、延々と要求だけを繰り返す場合があります。
このようなケースでは、むしろ、こちらから、モンスターペイシェントの金銭請求権が法的に存在しないことを、裁判所に確認してもらう訴訟を提起することが有効です。これを「債務不存在確認請求訴訟」と言います。
A病院で心筋梗塞の手術を受けた患者Bは、手術の過失で腕に麻痺が生じたと主張し、5年間の長きにわたり、リハビリなどを目的に入院を続けました。
その間、病室で大声や怒声をあげる、禁煙区域で喫煙する、病室に私物のテレビや棚を持ち込む、無断外出をする、病院敷地内に車を持ち込む、治療に不必要な面談を要求する、病院内に病院を非難する看板を設置するなどの問題行動を繰り返したばかりか、治療費等170万円以上が不払いのままでした。
既に治療の必要性も認められないことから、病院側は退院を要請しましたが、Bは応じず、逆に医師の過失で損害を被ったとして、損害賠償金を請求しました。
そこで病院は、Bを被告として、①Bに対する損害賠償債務の不存在確認、②未払い治療費の支払い、③病院からの退去を求める訴訟を提起し、裁判所は病院側の請求を全面的に認めました。
診療を拒否されたにもかかわらず、モンスターペイシェントが、執拗に面会・面談を求める例も珍しくありません。
そのような場合に有効な防御方法が、裁判所に、面会禁止の仮処分を申し立て、問題行動を禁止してもらうことです。
A病院での手術結果に不満を持ち、クレームをつけるようになった患者Bが、医師の執務室に侵入して、刃物を突きつけて脅迫しました。
Bは逮捕・起訴されましたが、初犯のため執行猶予付判決で釈放されてしまいました。そこでA病院は、Bに院内への立ち入りと職員との接触を拒否する旨の通告書を送付しました。
Bはこれに従わず、再度、A病院に立ち入りました。しかし、警察はBを逮捕せず、帰宅させました。A病院はやむなく裁判所に「立入禁止仮処分」を申立て、これが認められ、裁判所から、次の仮処分命令がBに発せられました。
Bは次の各行為をしてはならない。第三者にさせてもならない。
仮処分命令に違反する行為があった場合は、違反行為に対して制裁金を課する間接強制(民事執行法172条1項)という強制執行手続をとることが可能です。
また、面会強要禁止の処分に違反して面談を強要したり、侵入禁止の処分に違反して病院に立ち入ったりした場合には、明白な強要罪(刑法223条)、明白な建造物侵入罪(同130条)として、刑事事件の立件が容易になります。
モンスターペイシェントの問題行動が、刑法犯に該当するときは、被害届を提出し、処罰を求めて刑事告訴を行うことを躊躇するべきではありません。
次のように、彼らの問題行動の多くは、犯罪なのです。
上原総合法律事務所では、モンスターペイシェントに関する医療機関からのご相談をお受けしています。
モンスターペイシェントの診療拒否にあたっては、その正当事由が認められるかや証拠の収集方法について慎重に判断する必要があります。
また、モンスターペイシェントの程度が著しい場合、診療拒否の当否を判断するだけでなく、債務不存在確認請求訴訟、仮処分命令申立、刑事告訴といった、モンスターペイシェントに対する各種の法的対応を迅速に行うことが必要になることもあります。
これらの対応・検討は、医師や経営陣の大きな負担となります。
専門家に依頼することで、医師や経営陣の負担は軽くなり、本来の業務に集中できますし、適切に迅速な対応をすることができるようになります。
モンスターペイシェントの問題を抱えている医療機関の方は、お気軽にご相談ください。
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
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