
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
目次
はじめに
企業内で、従業員による「架空取引」や「リベートの授受」によって損害が生じてしまうケースがあります。
これらの不正行為については、内部統制の不備により、経理・財務担当者などの一部従業員による不正が長期間見過ごされ、大きな被害に発展するケースもあります。
本記事では、企業内において、架空取引やリベートといった行為又はその疑いが発覚した際に、どう対処すべきかといった点や、不法行為に該当する場合の損害賠償請求の法的根拠や公正証書の活用、刑事告訴の手続き、雇用契約の解消といった実務上の対応についても網羅的に解説します。
第1 企業不祥事に多い「架空取引」「リベート」とは
架空取引とは
「架空取引」とは、実際には存在しない取引を帳簿上だけで行ったように装い、売上や経費を偽装する不正行為です。
例えば、実際には納品されていない商品について、納品書や請求書を偽造し、売上や仕入れを計上することで、利益を操作する行為が該当します。これにより、企業の財務諸表が虚偽の内容となり、投資家や取引先に誤解を与えるだけでなく、税務上の問題も生じます。
架空取引の典型的な例としては、架空の経費を計上することで納めるべき税金を過少に申告する脱税のために行われたり、従業員による業務上横領を隠ぺいするために当該従業員が架空取引を作出することなどがあります。
リベートとは
「リベート」とは、本来の契約上の対価とは別に、裏で金銭や物品などの利益を提供する行為で、会社に損害を与える背任行為に該当します。
例えば、委託会社Aの社員と受託会社Bの社長が結託し、本来100万円で委託契約を締結できるような案件をB社が120万円の委託料で受託します。そして、B社からA社の社員に対して10万円のキックバックを行う場合がこれに当たります。
A社には、本来であれば100万円で取引ができたはずにもかかわらず、余計に20万円もの金額を委託料として払わざるをえなくなるという損害が生じています。
リベートの授受は、企業の利益を損なうだけでなく、公正な取引慣行を阻害する要因ともなります。
以上に記載したとおり、架空取引やリベートというものは、それぞれ脱税や業務上横領、背任等の犯罪に該当留守可能性があり、これらの行為を行ったものが刑事的な責任を追及される可能性があります。
そして、被害を受けた会社としては、これらの行為を行った従業員等に対して、「損害賠償請求」を行うことが可能です。
以下、損害賠償請求の方法について具体的に説明します。
第2 不法行為に基づく損害賠償請求の法的枠組み
民法第709条の適用
従業員による横領や背任行為は「不法行為」として、損害の賠償を求めることができます。
不法行為とは、民法第709条に規定されているもので、故意または過失により他人の権利や利益を侵害した者に、その損害を賠償する責任を認めたものです。
架空取引やリベートはこの条文の対象となる不法行為であり、企業は従業員に損害賠償を請求することが可能である場合が多いです。
損害賠償請求の要件
損害賠償請求を行うためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 権利や利益の侵害:企業は様々な権利などを有しています。著作権等もそのうちの一つですが、これらの権利が害されることが必要です。もちろん本来だったら受け取れるはずの報酬を受け取れなくなること等もこの権利・利益侵害に該当します。
- 故意または過失:従業員が故意または過失により不法行為を行ったことを指します。故意とは簡単に言うと、「わざと」ということです。権利や利益の侵害を「わざと」やったかどうかが問題になります。また「過失」はわざとではないが落ち度があるという状態を指します。
- 損害の発生:企業に具体的な損害が生じたこと。権利や利益の侵害があったとしても具体的な損害が生じなければ不法行為に基づいて損害賠償を請求することはできません。例えば、勝手に他人の車に乗って動かして、またそのあと元の場所に戻した場合、所有権の侵害ではありますが、車に損傷等が全くなければ損害は生じていないと考えることもできます(実際にはガソリンやタイヤの摩耗など損害は観念できると思います。)。
- 因果関係:侵害行為と損害との間に因果関係があること。侵害行為も存在し、損害も生じているが、その損害は侵害と関係ないところで生じたものである場合、因果関係が否定されて、不法行為は成立しません。
これらの要件を満たすことを立証するためには、詳細な証拠の収集と分析が不可欠です。
第3 企業が不正調査を行う際の初動対応
証拠の収集と分析
企業が、従業員等によるリベートや架空取引等の作出といった不正な行為を行っている疑いが生じた場合にまず最初にすべきことはなんでしょうか。
それは、証拠の収集です。
特に、もっとも重要なのが客観的な証拠をすばやく収集することです。
そもそも、疑いが生じた段階では、だれがどのような方法でやったのかもわからない場合や、疑わしい人がいたとしても本当にその人が犯人なのかはわからない場合もあります。
証拠を十分に収集せずに犯人だと思しき人に事情聴取を始めてしまうと、しらばっくれられてしまい本当のことがわからないまま証拠を隠滅されてしまいかねませんし、事情聴取のやり方に問題があれば逆に会社が訴えられることにもなりえます。
また、証拠は、客観的な証拠であっても時間がたてば消えてしまうものが多くありますし、人の記憶も時間がたつほどあいまいになってしまい、被害を立証できなくなってしまいます。
そこで、証拠の散逸を防ぐために、何よりも早い証拠の取集がなにより肝要なのです。
早期に収拾可能な客観的証拠について、具体的には、以下のような資料が挙げられます。
- 会計記録や領収書
- 社内の電子メールやチャットログ
- 銀行の振込記録や帳簿
- 会社施設への入退館記録
- 監視カメラの映像
これらの証拠を収集し、分析することで、不正の全体像を把握することが可能となります。
関係者のヒアリング
続いて、関係者のヒアリングを通じて事実関係を明確にし、供述内容の信用性を吟味します。
この時点では、すでに客観的証拠の収集や分析を終えていることが望ましく、客観的証拠のみではわからない部分を関係者にヒアリングして補完していくことになります。
ヒアリングの際には、以下の点に留意することが重要です。
- ヒアリング環境を適切なものにする
- なるべく誘導的な質問を避ける
- ヒアリングした内容を証拠化する
これらはすべて、ヒアリングした内容の信用性を担保するために必要な留意です。
たとえば、一人の従業員に対して取締役等の上役が10人で事情聴取をして「あいつが架空取引やってたんだろ!」と恫喝されれば、事実とは異なっていてもそう回答してしまうかもしれません。このような証言を得たとしても結局事実と異なるのですから、最終的には本当の犯人には逃げられてしまい何の責任追及もできないという事態になりかねません。
また、もし、ヒアリングした得た情報が真実であって、その情報から犯人を特定できたり、いわゆる自白が得られたとしても、後から「そんなこと言っていない。」「無理やり言わされた。」などといって証言を覆そうとされることもあり得ます。
そうならないためにもしっかりと適切なヒアリング環境を用意して、誘導的な質問を避け、そのヒアリング内容や状況自体を証拠かする必要があります。
また、関係者といっても、実際に犯人であると疑われている人や共犯者から、犯行には全く関係ないが当時の犯人らしき人の行動を知っている人まで多く存在します。
ヒアリングする際には、従業員間に不要な不和をうまないように開示すべき情報と開示しない情報をしっかりと選別して臨む必要があります。また、ヒアリング対象者から犯人に情報が漏れないように配慮することも大切です。
そのためには、ヒアリング対象者の選別、ヒアリングのタイミングや順番の決定なども大事になってきます。
第4 損害賠償請求段階
証拠の収集分析とヒアリングを終え、犯人や被害額が特定できた場合、実際に犯人に対しての損害賠償請求を行うことになります。犯人である従業員が犯行をすべて認めていて、かつ、支払い能力がある場合には、一括で支払いを受けて和解し、損害賠償請求が終結するということもあります。
しかしほとんどの場合は、犯人に損害を賠償するに足る資力がなく、分割で支払う場合が多いです。
その場合公正証書を作成して、犯人からの賠償を確実に行えるように担保します。
損害賠償請求を強化する「公正証書」の作成方法
公正証書の意義
損害賠償について合意が得られた場合には、公正証書を作成することで、万一支払いが滞った際に裁判を経ずに強制執行が可能になります。
公正証書は、債務者が支払いを怠った場合に、直ちに強制執行手続きに移行できる強力な証拠書面となります。
公正証書の作成手続き
作成には公証役場での手続きが必要であり、費用と必要書類も事前に確認しておくことが大切です。
具体的には、以下の手順で進めます。
- 債権者と債務者が合意した内容を文書化する。
- 公証人に内容を確認してもらい、公正証書として作成する。
- 作成された公正証書に執行認諾文言を付すことで、強制執行が可能となる。
公正証書の作成には、手数料が発生しますが、将来的な法的手続きの簡略化を考慮すれば、費用対効果は高いといえます。
犯人としても支払いを滞れば強制執行されてしまうので、頑張って弁済を続けようという気になりますから、分割で支払いを受けるのであれば公正証書の作成は必須といえるでしょう。
民事裁判による損害賠償請求
犯人が犯行を認めない場合や認めているが任意での支払いや公正証書の作成にも応じない場合、民事裁判により確定判決を得てから強制執行という手続きを取ることになります。
民事裁判の流れはおおむね以下のとおりです。
訴訟の主な流れ
1 訴状の作成・提出
損害賠償請求をするには、まず訴状を作成し、被告の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所に提出します。請求金額が140万円を超える場合は地方裁判所、それ以下の場合は簡易裁判所が管轄します。
2 訴状の送達と答弁書の提出
裁判所が訴状を相手方に送達し、被告(加害者側)は通常1~2週間以内に答弁書を提出します。答弁書では、請求内容を争うか否か、争う場合の主張を明記します。
3 口頭弁論・弁論準備手続き
裁判は1か月~1.5か月ごとに期日が開かれ、双方の主張・証拠の提出が進められます。
裁判は公開の法廷で行われるイメージが強い方もいらっしゃると思いますが、実務上は、弁論準備手続という公開されていない場で代理人と裁判官が互いの書面や提出された証拠をもとに主張を整理していくことがほとんどです。主張を整理していく中で、裁判官が心証を開示し(裁判官どっちの言い分が正しいと思っているかを当事者に一定程度明かすこと)、和解を進めて来ることもあります。
互いの証拠を出して、裁判官による心証開示を経ても和解がまとまらない場合、証人尋問や本人尋問が実施される場合もあります。
4 判決または和解
証拠調べの終了後、判決が下されるか、当事者間で和解をすることで裁判は終了します。特に企業間や雇用関係における損害賠償では、金銭支払いの条件を調整して和解で解決することも多くあります。
訴訟の提起から終結までは早いもので半年程度、長ければ数年かかるものもざらにあります。
訴訟を提起するか否かは、かかる時間や費用等のコストも十分に考える必要があります。
強制執行について
損害賠償請求が認められ、確定判決が得られた場合や、公正証書に強制執行認諾文言が付されている場合、支払いがなされなければ、法的に「強制執行」の手続きをとることが可能です。
強制執行の基本的な流れ
1 債務名義の取得
- 民事訴訟で勝訴した場合は「確定判決」
- 公正証書に「強制執行認諾文言」が付いている場合は、その公正証書自体が債務名義となります。
2 執行文の付与申立て
債務名義に基づき、裁判所に対して「執行文」の付与を申立てます。
3 差押え申立て
相手方の財産(預金、不動産、動産など)に対して差押えの申立てを行います。主に地方裁判所での手続となります。
4 差押えの実施と換価
裁判所の執行官が実際に財産を差し押さえ、必要に応じて競売などによって換価されます。その後、回収額が債権者に配分されます。
注意点として、強制執行を行うためには、相手方の財産情報(預金口座、不動産の所在など)をある程度把握しておく必要があります。
金融機関への預金差押えが最も迅速かつ効果的ですが、実際に残高があるとは限らないため、事前調査(資力調査)が重要です。
第5 その他留意すべき点
雇用契約の解消と法的注意点
従業員が架空取引等で会社に損害を与えた場合、ほとんどの会社では当該従業員を雇用し続けることが難しいと考えるはずです。
したがって、不正行為が認定された従業員に対しては、懲戒解雇または普通解雇、自主退職を促すといった対応が考えられます。
懲戒解雇を行うためには、就業規則に懲戒事由が明記されていることが必要です。また、懲戒解雇は最も重い処分であるため、慎重な手続きが求められます。後の訴訟リスクを見据えた慎重な判断が求められます。
普通解雇を行う場合でも、解雇理由の合理性と社会的相当性が求められます。自主退職を促す場合には、退職勧奨が強制と受け取られないよう、適切な対応が必要です。
刑事告訴
刑事告訴は、企業として加害者に刑事責任を負わせる手段であり、社会的制裁を与える効果もあります。
刑事告訴を行うことで、再発防止や他の従業員への抑止力となることが期待されます。
刑事告訴を行うには、以下の手順が一般的です。
- 警察署または検察庁に告訴状を提出する。
- 捜査機関による捜査が開始される。
- 必要に応じて、企業関係者が事情聴取を受ける。
- 捜査結果に基づき、起訴または不起訴が決定される。
ただし、捜査の過程で社内混乱が生じるリスクもあるため、対応は慎重に検討する必要があります。また、刑事事件として立件されるためには、確実な証拠が求められる点にも留意が必要です。
就業規則やコンプライアンス規程の整備
就業規則やコンプライアンス規程を整備し、内部監査や二重チェック体制を導入することで、再発防止につながります。具体的には、以下のような措置が考えられます。
- 不正行為に対する厳格な処罰規定の設置
- 内部監査部門の強化
- 業務プロセスの見直しと改善
これらの措置により、企業内の不正リスクを低減させることが可能となります。
内部通報制度の構築(ホットライン制度)
内部通報制度(いわゆる「ホットライン制度」)の導入は、不正行為の早期発見および抑止に極めて有効です。
この制度により、従業員が匿名で不正の兆候や疑念を報告できる環境を整えることで、内部告発による情報収集の機会が増え、経営陣が把握しづらい現場レベルでの問題を拾い上げることができます。
ホットライン制度の構築にあたっては、以下の点が重要です。
- 通報者の匿名性と保護を徹底すること
- 調査体制を明確にし、通報内容に対する迅速かつ公正な対応を行うこと
- 通報後のフィードバックや是正措置を明示し、制度の実効性を担保すること
さらに、従業員に対して制度の存在と運用方法を明確に周知することで、利用率と信頼性が高まります。
定期監査と教育の徹底
不正行為の再発防止には、社内教育の徹底も不可欠です。
特に、会計・財務部門、人事・総務部門など、不正の温床となりやすい業務部門には、法令遵守(コンプライアンス)に関する継続的な研修を実施することが推奨されます。
また、内部監査を定期的に行うことで、不正の兆候を早期に発見し、組織全体の健全性を維持することが可能です。監査結果は経営陣に直接報告される体制とすることで、透明性と実効性が高まります。
第6 弁護士の関与と専門的なサポートの重要性
社内不正が発覚した場合には、速やかに弁護士に相談することが極めて重要です。
不正調査や雇用関係の処理、損害賠償請求の実行、刑事告訴の可否判断といった各段階で、法的な判断や手続の適法性が問われるため、法的リスクを最小限に抑えるためには専門家のサポートが不可欠です。
特に、企業法務に精通した弁護士であれば、調査の進め方、公正証書の文案作成、就業規則の点検・改定など、幅広い分野で実務的な助言を得ることができ、迅速な意思決定と的確な対応が可能になります。
第7 おわりに
企業における架空取引やリベートなどの不正行為は、発覚が遅れると甚大な損害をもたらす可能性があります。しかし、適切な初動対応と法的手続きを講じることで、被害の拡大を防ぎ、企業の信用を守ることができます。
本記事で紹介したように、損害賠償請求の準備、公正証書の活用、刑事告訴の実務対応、雇用関係の解消方法、内部統制の強化といった点について、網羅的な理解と準備を行うことが、企業防衛の第一歩です。
「社内で不正が起きたかもしれない」「従業員の不審な動きに気づいた」――そのような兆候を見逃さず、早い段階で専門家に相談することが、企業を守るうえで最も重要です。
上原総合法律事務所では、元検事の弁護士が豊富な経験に基づき不正の調査やヒアリングを担当します。
架空取引やリベート等の疑いがあり、調査等を検討されているかたはぜひ一度弊所までご相談ください。