
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
我が国では、労働者の服務規律や労働条件を定める就業規則が、職場の共通ルールとして大きな役割を果たしています。
しかし、現実には、「うちの会社に就業規則ってあるの?」、「就業規則を見たことがないなぁ…」という事例も少なからずあります。
この点、使用者は、就業規則を労働者に「周知(広く知らせる)」する法的な義務がありますので、これに違反すると刑罰を受けたり、就業規則を労働者に適用できなくなったりする不利益を受ける危険があります。

目次
1.就業規則の周知義務とは?
1-1. 就業規則の周知はなぜ必要?
使用者は、就業規則を作成した場合、法令で定められた方法によって、就業規則を労働者に周知させなくてはなりません(労働基準法106条1項)。この「周知義務」は法定の義務であり、違反した使用者は刑罰を受けるおそれがあります。
使用者に就業規則の周知義務が課せられているのは、次の各理由からです。
- 労働者が就業規則の内容を知らされず、使用者から不利益に扱われる事態を防止する
- 使用者が就業規則に従っているか、労働者による監視を可能とする
- 職場の共通ルール、労働条件の最低基準としての就業規則の実効性を確保する
1-2. 就業規則の周知方法
就業規則は、周知する方法が法令で次のとおり定められており、その方法に従う必要があります(労基法106条1項、同法施行規則52条の2)。
- 常時各作業場の見やすい場所に「掲示」または「備え付ける」方法
- 労働者に書面を交付する方法
- 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物(電子記録媒体)に記録し、かつ、各作業場に、労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器(パソコン・モニターなど)を設置する方法
これらの方法の詳しい内容は後述します。
1-3. 周知の対象者
就業規則の周知が必要とされる対象は、当該事業場の労働者全員であり、正社員、パート、アルバイトなどの雇用形態を問いません。
「正社員向け就業規則」、「パート社員向け就業規則」などのように、適用対象を雇用形態別に区別し、異なる就業規則を作成することは可能です。
しかし、同一事業場内の労働者を対象とする就業規則である限りは、すべて一体の就業規則と取り扱われます(※)。
※昭和63年3月14日基発第150号「一部の労働者に適用される別個の就業規則」
したがって、適用対象が異なる就業規則が複数ある場合でも、その事業場のすべての労働者に対し、すべての就業規則を周知させる必要があります。
1-4. 周知のタイミング
就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出をする義務は、常時10人以上の労働者を使用する使用者だけに課せられたものです(労基法89条、106条)。
しかし、就業規則を周知する義務は、常時10人以上の労働者を使用しているか否かを問わず使用者に及びます(菅野和夫・山川隆一「労働法(第13版)」弘文堂・230頁)。就業規則の作成、届け出義務のない使用者であっても、就業規則を作成した以上は、その時点から、事業場の労働者に周知する義務があります。
2.就業規則の周知義務に違反するとどうなる?罰則はある?
2-1. 周知義務違反の罰則
使用者の周知義務違反には、刑事罰があります。30万円以下の罰金刑です(労基法120条1項)。刑罰を受ける「使用者」とは、当該事業場における労働条件について、指揮・監督・決定の実質的権限を有する者です。たとえば、取締役・支店長・営業所長・工場長などがこれにあたります。ただし、同時に、事業主たる会社も罰金刑となる場合があります(同法121条1項本文・両罰規定)。
2-2. 周知義務違反で送検された例
労働基準監督署からの指導や是正勧告に従わないなど、周知義務違反が悪質と判断された場合には、検察庁に送致され、起訴されて罰金刑を受ける可能性があります。また、企業名を含めて公表され、企業としての信用を落としてしまう危険もあります。
厚生労働省の発表によると、令和5年11月からの1年間で、就業規則の周知義務違反(労働基準法106条違反)として、検察庁に送致された事案のうち、2件が公表されています。
※「労働基準関係法令違反に係る公表事案(令和6年4月1日~令和7年3月31日公表分)」厚生労働省労働基準局監督課)掲載日令和7年4月30日
2-3. 周知義務違反による罰則以外の使用者のデメリットとは
周知義務違反で労働契約規律効力が適用されない
就業規則の周知義務に違反すると、刑罰を受ける以外にも、使用者にデメリットが生じる場合があります。それは、就業規則の「労働契約規律効力」の適用を受けることができないという不利益です。
就業規則の労働契約規律効力
就業規則の労働契約規律効力とは、使用者が定めた就業規則の内容が、そのまま個々の労働者との労働契約の内容となるという法的な効力です。
これには、①契約時の労働契約規律効力、②労働条件変更時の労働契約規律効力という2つの種類があります。
①契約時の労働契約規律効力とは、労働者と労働契約を結ぶ際、就業規則に定めていた内容が労働契約の内容となるという法的効力です(労働契約法7条)。
②労働条件変更時の労働契約規律効力とは、使用者が就業規則の内容を変更することで、個々の労働者の同意がなくとも、労働条件を労働者にとって不利益となるように変更できるという法的効力です(同法10条)。
この2つの法的効力が認められるために必要な要件は、それぞれ異なりますが、共通しているのは就業規則の周知が必要であるという点です(労働条件変更時の労働契約規律効力の場合は、変更後の就業規則の周知が必要です)。
労働契約規律効力の要件となる「実質的周知」
ここで要件とされる「周知」は、その違反が罰則の対象となる「周知義務」とは異なるもので、「実質的周知」と呼ばれるものです。
前述したように、罰則の対象となる「周知義務」は、その方法が法令で定められており、法令どおりの一定の方式で行うことが要求されます。罰則付きで全国一律の監督を及ぼすためです。
他方、労働契約規律効力の要件である「実質的周知」は、労働者が、就業規則の内容を「知ろうと思えば知りうる状態とすること」を意味し、必ずしも法令の定める一定の方式である必要はありません(東京地裁平成22年11月10日判決・メッセ事件・労働判例1019号13頁)。
労働契約規律効力は、個々の労働者の同意がなくとも、統一的な労働条件を設定したり、労働者にとって不利益な労働条件の変更をすることを可能とする、使用者にとって大きなメリットがある制度です。実質的周知を欠くときは、使用者は、この大きなメリットを享受できないという不利益を被ります。
たとえば、60歳定年制を定めた就業規則が、労働者の勤務する事業場とは別の本店社屋に置かれており、しかも、その事実を労働者らに知らせたこともなかったという事案で、実質的周知がなく、就業規則の労働契約規律効力は認められないから、定年制は適用できないとした裁判例があります(東京地裁平成27年8月18日判決・エスケーサービス事件・労働経済判例速報2261号26頁)。
3.就業規則の周知義務がOKのケース/NGのケース
周知義務は、法令の要求する方法で行わなくては、義務を果たしたことになりません。法令の要求する方法については、厚生労働省によって、さらに細かい措置が要求されています。
3-1. 掲示・備え付けの場合
「作業場」ごとの掲示・備え付けが必要
就業規則は「事業場」毎に必要ですが、掲示または備え付けは、各「作業場」の見やすい場所に行われる必要があります。
「事業場」は、就労場所の単位です。たとえば「〇〇株式会社東京工場」と「〇〇株式会社横浜工場」は別の事業場です。
「作業場」は、「事業場内において密接な関連の下に作業の行われている個々の現場をいい、主として建物別等によって判定すべきもの」とされています(旧労働省昭和23年4月5日基発第535号)。
たとえば、〇〇株式会社東京工場の1号棟(事務棟)と2号棟(組み立て工場棟)は別々の作業場となり、別個に掲示・備え付けが必要です。
したがって、この場合、東京工場の1号棟(事務棟)にだけ就業規則を掲示・備え付けても周知義務を尽くしたことにはなりません。
掲示・備え付け場所を示すことが必要
掲示・備え付けの方法で周知を行うときは、労働者が必要なときに容易に就業規則を確認できるよう、掲示・備え付けの場所を労働者に示すなどの措置も必要です(厚労省令和5年10月12日基発1012第2号)。
見やすい場所への掲示、原則自由な閲覧
労働者が容易に就業規則を読むことができる必要がありますから、たとえば作業場の天井近くに掲示したり、他の掲示物の裏に貼っておいたりすることは許されません。
書面のファイルを作業場に備え付けた場合は自由な閲覧を許さなくてはなりません。閲覧を上司の許可制とすること自体は可能ですが、許可が原則という取扱いをする必要があります。
3-2. 書面交付の場合
書面をもらえることを教える必要
書面とは印刷物・コピーも含まれます。書面を交付してもらえることを知らなければ、労働者は書面を請求できませんから、この用法によって周知を行うときは、就業規則の書面を交付する旨を労働者に知らせるなどの措置も必要です(同基発1012第2号)。
読み聞かせだけや、書面の回収はNG
また、書面の「交付」が必要ですから、書面に書かれた就業規則を読み聞かせただけでは義務違反となります。書面を渡して労働者に読ませたうえで、それを回収してしまう場合も交付したとはいえませんから義務違反です。
3-3. 電子ファイルの場合
電子データによって周知を行うときは、労働者が必要なときに容易に就業規則を確認できるよう、①各作業場に機器を設置し、②労働者に機器の操作権限を与え、③機器の場所と操作方法を労働者に知らせるなどの措置も必要です(同基発1012第2号)。
したがって、就業規則を閲覧するためのパソコンの操作方法を労働者に教えない、パソコンの操作を許可制として原則許可しない、パソコンを設置しただけで設置場所を教えないなどは許されません。
会社のホームページに就業規則を掲載しておき、労働者がアクセスして閲覧できる状態となっていた場合でも、各作業場に機器を設置しておらず、労働者は自宅のパソコンや自前のスマートフォンでアクセスして閲覧できるだけだったというケースも、周知義務違反となります。
4.就業規則の周知義務に違反したときの対処方法
就業規則の周知義務違反を指摘された場合、違反状態を放置しておくことは避けなくてはなりません。
労働基準監督署から違反を指摘された場合でも、通常は、周知義務を守るよう、まず行政指導がなされるだけですから、速やかに、これに従うべきです。
作成した就業規則があるならば、それを各作業場に掲示・備え付けし、その旨を労働者に伝える、あるいは就業規則の規則をコピーして労働者に配ることは、決して手間を要する作業ではありませんから、速やかに実施しましょう。
就業規則の作成義務があるのに、未だ作成・届出をしていない場合は、至急、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して作成し、届出と周知を行いましょう。
5.就業規則の変更から周知までの流れ
5-1. 就業規則変更の手続
就業規則は、新規に作成するときだけでなく、既存の就業規則を変更する場合でも、新規の作成と同じ手続が必要です。具体的には、次のとおりです。
- その事業場における労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は、労働者の過半数を代表する者の意見を聴取すること(労基法90条1項)。
- 変更後の就業規則に、①の意見書を添えて、労働基準監督署へ届け出をすること(同条2項)。
- 変更後の就業規則を周知させること(同法106条1項)。
5-2. 就業規則を労働者に不利益となる内容へ変更する場合の注意点
過半数を組織する労働組合(または過半数労働者の代表者)の意見を聴取して、意見書を提出すれば、届出義務違反は問われません。
しかし、就業規則の変更が、労働条件を労働者にとって不利益に変更する内容である場合において、労働条件変更時の労働契約規律効力が認められるには、単なる意見の聴取だけでは足りません。法定の要件として、変更後の内容の合理性が要求されており、労働組合等との交渉の状況も、合理性の判断要素のひとつだからです(労働契約法10条)。
このため、労働者と使用者が真剣かつ公正な協議・交渉を行って、「変更後の就業規則の内容は、労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものである」と評価できる必要があります(最高裁平成9年2月28日判決・第四銀行事件※)。
6.お気軽にご相談ください
弁護士法人上原総合法律事務所では、就業規則に詳しい弁護士が、事業主様からのご相談をお受けしています。
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