世の中のトラブルは、その大部分が最終的には「損害賠償」という金銭のやりとりで解決され、その損害賠償が発生する原因の多くを、契約の違反、すなわち「契約不履行」が占めています。
事業を行う方は、日々、様々な契約を結んでおり、契約違反で損害賠償を請求する可能性も、請求されるリスクもあります。
正確な法律知識がなければ、不当な要求に屈してしまったり、必要以上の賠償金を支払ってしまったりといった危険があります。
この記事では、契約不履行による損害賠償について、基本的な知識を解説します。
Contents
契約不履行による損害賠償とは、「債務不履行による損害賠償」の一種です。
「債務」とは、法律上、特定の者(債務者)が、特定の者(債権者)に対して、特定の内容の給付をするべき義務のことです。
「給付」とは、債務者がなすべき行為を指します。
例えば、タクシー会社が、乗客をその希望する目的地まで車で運搬する債務を負担する債務者で、乗客が債権者です。
「債務不履行」とは、債務者が、その債務の本旨(本来の趣旨・目的)にしたがった履行をしない場合や、債務の履行が不能である場合を指し、この場合、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができるとされています(民法415条1項本文)。
債務不履行は、伝統的には講学上、①履行遅滞、②履行不能、③その他の債務不履行(不完全履行)という3つに分類されます。
例:借金を期限までに返済しない
例:俳優が足を骨折して、予定の舞台に出演できなくなった
例:注文の品物を3つ納入する契約だったが2つしか納入しなかった
債務が、ある人に発生する法律的な原因には、(ⅰ)契約、(ⅱ)事務管理、(ⅲ)不当利得、(ⅳ)不法行為、(ⅵ)その他、民法など法の特別の定め(法定責任)があります。
このように、債務の発生原因には多様なものがありますが、社会において多く存在し、重要な位置を占めているのが、「契約」と「不法行為」です。
契約(民法521条以下)は、両当事者の合意によって債権債務を発生させるもので、契約によって生じた責任は契約責任と呼ばれます。
例:売買契約、請負契約、労働契約、賃貸借契約など
他方、不法行為(民法709条)とは、故意・過失によって、他人の権利または法律上保護されるに値する利益を侵害した者に、損害賠償義務という債務を発生させるものです(民法709条)。
例:交通事故、暴行・傷害・殺人・名誉毀損などの犯罪行為、著作権法違反などの違法行為など
契約責任は、合意という、当事者の特別な人間関係を基礎として、その合意を保護する制度と言えます。
これに対し、不法行為責任は、契約のような特別な人間関係がなくとも、他人に損害を生じさせた者に債務を負わせて、被害者の救済を図る制度と言えます。
契約不履行による損害賠償請求が認められるには、次の要件を充たす必要があります。
例えば、売買契約では、売主が財産を買主に移転すると約束し、買主が代金を支払うことを約束するという合意によって契約が成立します(民法555条)。
この契約から、財産を買主に引き渡すという売主の債務が発生し、対価である代金を支払うという買主の債務が発生するのです。
例えば、商品を令和5年11月末日までに引き渡すという契約内容の場合、買主が代金を支払い済みであるにもかかわらず、期日を過ぎても売主が商品を引渡さなければ、履行遅滞となります(民法412条1項)。
あるいは一点ものの壺の売買契約後、売主の過失で商品を床に落下させてバラバラに壊してしまい、引き渡すことができなくなったという場合は、履行不能です(民法412条の2第1項)。
売主が商品を引き渡したけれど、それが欠陥品であった場合や、商品を3つ納入する予定が2つしか納入しなかった場合が、債務の本旨に従わない、その他の債務不履行です。
損害賠償は、発生した「損害」を補てんするものですから、「損害」がなければ請求できないのは当然です。
不履行の事実と損害の発生の間に因果関係があることが必要です。
もっとも、「あれなければこれなし」と言える場合の全てに因果関係を認めてしまうと、「風が吹けば桶屋が儲かる」のように、一つの行為(不履行の事実)ととてもたくさんの結果(損害)の間に因果関係があることになりかねず、損害の公平な分担という損害賠償制度の理念に反します。
そこで、不履行の事実と損害の発生の間に因果関係があると言えるためには、「特定の行為(不履行の事実)から、その結果(損害)が発生することが社会通念上相当である」と認められる必要があるとされています。これを相当因果関係と呼びます(民法416条1項)。
債務の不履行が、債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、損害賠償請求はできません(民法415条1項但書)。
「債務者の責めに帰することができない事由」とは、(ⅰ)債務者に故意・過失がない場合、(ⅱ)信義則上、債務者に帰責することが酷と判断される場合です(最高裁昭和52年3月31日判決)
信義則上、債務者に帰責することが酷ではないとされる場合の代表例として、履行補助者の故意過失行為があります。
例えば、債務者Aが債権者Bの荷物を運ぶ債務を負うときに、Aの都合で知人Cに手伝わせたとします。この知人CはAによる債務の履行を補助するので履行補助者と呼ばれます。
ここでCの故意過失により、Bの荷物を破壊してしまった場合、債務者A自身の故意過失行為と同視し、債務者Aに帰責することになります。Aは補助してもらえるという利益を得ている以上、履行補助者によって生じた損失も引き受けることが公平だからです(最高裁昭和35年6月21日判決)。
要件の存在を立証する責任が誰にあるのかは重要な問題です。
ある要件の立証責任が債権者にある場合、債権者が、その要件の存在を、証拠をもって証明できなければ、損害賠償請求は認められません。
要件のうち、①契約が成立し、債務が発生していること、②発生した債務が不履行となっていること、③損害が発生したこと、④不履行と損害の間に因果関係があることは債権者に立証責任があります。
他方、⑤債務者の帰責事由は、債権者には立証責任はなく、逆に、責任を免れようとする債務者が、帰責事由の不存在を立証する責任を負います(最高裁昭和34年9月17日判決)
この「債務者の責めに帰することができない事由」には、先に述べたとおり、債務者に故意・過失がない場合も含まれます。
故意・過失は債務者の内面の問題であり、債権者側がその立証責任を負うのであれば相当な負担ですが、債務不履行による損害賠償では、責任を否定する債務者が、故意・過失の不存在を立証する責任を負います。
この点、不法行為による損害賠償では、加害者(債務者)の故意・過失も、被害者(債権者)に立証責任があります。
財産的損害とは、各種損害のうち、後述の精神的損害(慰謝料)を除いたものを指します。
この他にも、多様な財産的損害があり得ますが、損害賠償請求を行う債権者は、財産的損害が発生した事実と、その金額を主張・立証しなくてはなりません。
しかし、事案によっては、具体的な金額の立証が困難な場合があります。
そのような場合、裁判官は、全事情を総合考慮し、相当な損害額を認定しなくてはなりません(民事訴訟法248条)。
最高裁平成20年6月10日判決
「損害額の立証が極めて困難であったとしても、民訴法248条により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて、相当な損害額が認定されなければならない。(中略)損害が発生したことを前提としながら、それにより生じた損害の額を算定することができないとして(中略)、損害賠償請求を棄却した原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
精神的損害とは、精神的な打撃を損害と捉えるもので、これを補てんする金銭が慰謝料です。
いわば「慰め料」であり、本来、これを金銭で幾らと評価する基準はあり得ません。
そこで、慰謝料については、裁判所が諸般の事情に即して金額を判断することになります。
契約不履行の損害賠償では、弁護士費用は損害と認められないのが原則です。
他方、不法行為の場合は、事案の難易度、請求額、判決の認容額、その他の諸般の事情を斟酌して、弁護士費用のうち、相当と認める金額(実際には20~30%)を損害として認める取扱いです。
ただし、契約不履行の場合でも、労働契約上の使用者の安全配慮義務違反を根拠とする場合は、不法行為と同様に、弁護士費用のうち、相当な金額が損害と認められます。
判例(最高裁平成24年2月24日判決)
就労中に、安全装置のないプレス機で指8本を失った労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由として弁護士費用を含む損害賠償請求をした事案です。
最高裁は、労働契約上の債務不履行による損害賠償ではあるが、安全配慮義務違反の場合、義務内容を特定し、違反に該当する事実の主張・立証を要する点で、不法行為の場合と同じく、弁護士への委任なしでは訴訟活動が困難として、弁護士費用のうち相当額を損害と認めました。
金銭消費貸借契約の借入金返還債務や、売買契約の代金支払債務のように、金銭の給付を目的とする債務の履行が遅延した場合は、遅延損害金のみを請求することができます(民法419条1項)。
遅延損害金とは、要するに利息であり、法律で定められた利率(法定利率)で計算されますが、法定利率を上回る利率に合意していた場合は、その利率(約定利率)によります。
法定利率は3年毎に見直され、2023年12月現在は年3%です(民法404条2項)。
なお、金銭給付が目的の債務の履行遅滞では、当然にこの遅延損害金が発生すると認められるため、債権者が損害の発生を立証する責任を負うことはありません(民法419条2項)。
その反面、この場合、遅延損害金以外の損害賠償請求は認められません。
契約不履行による損害賠償請求も消滅時効にかかります。
消滅時効には、次の2つがあります。
契約不履行による損害賠償を請求する方法には、次のものがあります。
・当事者の協議
もともとは合意によって契約関係に入った当事者間の紛争ですから、まずは自分たちで話し合いをし、解決を目指してみるべきでしょう。
弁護士を代理人として交渉することも、紛争をこじらせず、早期に解決することに役立ちます。
・ADR(裁判外紛争解決手続)
裁判所によらず、中立的な第三者の仲介で紛争を解決する方法です。
例えば、各都道府県の弁護士会は、紛争解決センター、示談あっせんセンターなどの名称で、ADRを設置しています。
・簡易裁判所の民事一般調停
簡易裁判所では、契約不履行による損害賠償問題を含めた民事事件一般について、裁判所の調停委員が仲介役となって話合いによる解決を目指す、調停手続きを利用できます。
・訴訟
訴訟は最終手段です。法廷で法的な主張反論による攻防を行いますから、専門の弁護士に依頼することが有利です。
上原総合法律事務所では、契約不履行に伴う損害賠償請求に関するご相談をお受けしています。
損害賠償請求をする場合は、迅速に証拠を集めることで請求が容易になりますし、損害賠償請求をされている場合には、訴訟になる前に適切に対応すれば賠償額を減らしたり紛争を予防できる可能性があります。
事業を行う方にとっては、紛争を抱えること自体がコストです。
上原総合法律事務所では、迅速な解決に尽力します。
契約関係で問題を抱えている方、お困りの方は、お気軽にお問い合わせください。
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
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