労災認定基準とは?認定の流れや期間について弁護士が詳しく解説

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弁護士 上原 幹男

弁護士 上原 幹男

第二東京弁護士会所属

この記事の監修者:弁護士 上原 幹男

司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。

労働者が業務中にケガをして、その治療代を負担したり、仕事を休んだりした場合は、治療費や休業中の賃金について、労働者災害補償保険(労災保険)から補償を受けることができます。

ただし、労災保険が適用されるには、労働者のケガや病気などが、業務又は通勤によるものと判断される必要があります。その判断を左右するのは労災認定基準であり、厚労省の通達等によって、労働者の傷病の原因・内容別に、詳細な基準が定められています。

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1. 労災認定基準とは?

1-1. 労災保険の給付対象となるか否かを判断するのは「労災認定基準」

労働者が、業務や通勤によって怪我・病気・障害・死亡した場合、労災保険制度の各種の保険給付によって、治療費や休業中の賃金などが補償され、労働者の保護が図られます。

労働者の傷病等が、労災保険の給付対象となるか否かを判断するための基準が「労災認定基準」です。

1-2. 労災認定基準には種類がある

労災認定基準は一種類ではなく、対象となる傷病等の内容・原因によって異なります。

業務災害

業務災害とは、労働者の業務上の負傷、疾病、障害、死亡をいいます(労災保険法7条1項1号)。業務災害には、①業務と関連した「事故」が発生して負傷・死亡などした場合と、②事故ではなく、業務と関連した疾病に罹患した場合(いわゆる「職業病」)があり、それぞれ労災認定基準は異なります。

通勤災害

通勤災害とは、労働者の通勤による負傷、疾病、障害、死亡をいいます(労災保険法7条1項2号)。会社へ出社する途中に交通事故の被害に遭遇した場合などが典型的なケースです。通勤災害における労災認定基準も、業務災害とは異なります。

後遺障害等級とは

労災による傷病で後遺障害が残った場合、その内容・程度別に分類された等級に応じ、年金や一時金が支払われます。この後遺障害等級も労災認定基準のひとつといえます

2.事故による業務災害における労災認定基準

まずは、労働者の負傷・疾病・障害・死亡が、業務上の「事故」によって発生した場合の労災認定基準を説明します。

2-1. 業務遂行性と業務起因性

事故による業務災害については、①業務遂行性②業務起因性が認められることが、労災認定基準です。

業務遂行性とは、労働者が労働契約に基づき、事業者の支配管理下にあることをいいます。
業務起因性とは、業務に伴う危険が現実化したことであり、業務と災害との間に因果関係があることともいえます。

まずは業務遂行性の有無を判断し、これが認められる場合に、業務起因性を判断します。

2-2. 業務遂行性が問題となる事案

業務遂行性、すなわち事業者の支配管理下にあるときの事故か否かが問題となる典型例は、事業場外で開催される宴会等に参加して事故に遭遇したというケースです。

職場の飲み会でも、純然たる私的な懇親会であれば、業務遂行性は否定されますが、参加が強制されるなどの場合は業務遂行性が認められます

業務遂行性を否定した裁判例

社外の忘年会参加につき、強制されていなかったことから、業務遂行性を否定した裁判例名古屋高裁金沢支部昭和58年9月21日判決・福井労基署長事件

業務遂行性を認めた最高裁の判例

労働者が、業務を一時中断して、事業場外で行われた研修生の歓送迎会に参加した後、事業場での業務に戻るついでに研修生を住居まで送る途中、交通事故に遭い死亡した事案です。労基署は、歓送迎会は私的な会合に過ぎないとして業務遂行性を否定しました。しかし、最高裁は、歓送迎会が上司の発案で会社の経費で開催され、参加を強く要請されていたことなどの事実を指摘し業務遂行性を認めました最高裁平成28年7月8日判決・行橋労基署長事件)。

2-3. 業務起因性が問題となる事案

業務起因性、すなわち業務に伴う危険が現実化したか否かが問題となる典型的なケースは、労働者の私的な喧嘩などの逸脱行為です。

職場の喧嘩に業務起因性を否定した判例

建築工事現場で、労働者A(大工)と、たまたまそこを訪れた知人Bとが喧嘩となり、Bに金づちで殴打されたAが死亡し、業務災害か否か争われました。最高裁は、喧嘩の原因は、AがBの感情を刺激する言葉を述べ、嘲笑的な態度をとって挑発したことにあり、そのような行為は業務に含まれず、業務に必要な行為でもないとして、業務起因性を否定しました最高裁昭和49年9月2日判決・倉敷労基署長事件)。

ストーカー化した同僚による殺人事件に業務起因性を認めた裁判例

競馬場のマスコットガール的な業務に従事していた女性労働者Aが、同僚男性B(警備員)によって、出勤後の事業場内で刺殺されました。

AはBから頻繁に電話を受けるなどのストーカー被害に遭っており、Aからの苦情を受けた上司がBに注意をしたところ、BはAへの恋愛感情を憎悪に転化させて殺意を抱いたのです。

裁判所は、男性に魅力を感じさせるマスコットガール的な職務は、男性に恋愛感情を超えた良識を失うストーカー的行動を起こさせる内在的な危険がある職務と評価できるなどとして、業務起因性を認めました大阪高裁平成24年12月25日判決・尼崎労基署長(園田競馬場)事件・労働判例1079号98頁)。

3.精神障害の労災認定基準

次に、業務災害のうちの、業務と関連した疾病に罹患した場合の労災認定基準について説明します。まずは、そのうちの精神障害の労災認定基準を見てみましょう。

3-1. ストレスー脆弱性理論

精神障害の労災認定基準は、「ストレス-脆弱性理論」という考え方に立脚しています。これは、精神障害が生じるか否かは、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側(労働者個人)の反応性・脆弱性との関係で決まり、ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に、脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても精神障害が生じるという考え方です。ごく平たく言えば、ストレスの大きさと、労働者個人の敏感さ・打たれ強さとの相関関係です。

この考え方から、精神障害が業務上の疾病と取り扱われるのは、①発病したのが特定の種類の精神障害で、②業務による強い心理的負荷が存在し、③それ以外の要因による発病ではない場合とされています。

3-2. 精神障害の労災認定要件

上の①~③の基準は、厚生労働省の通達(※)によって、次のとおり定められています。
※厚労省通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」基発0901号(令和5年9月1日)

基準(1)対象疾病を発病していること。
基準(2)対象疾病の発病前約6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
基準(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。

基準(1)対象疾病の発病

労災の対象となる精神障害は、一定の種類のものと定められています。具体的には、国際疾病分類第10回改訂版(ICD-10)第Ⅴ章の「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって、認知症や頭部外傷等による器質性のもの及び有害物質(薬物やアルコール)に起因するものを除きます。代表的なものは、うつ病・急性ストレス反応(ASD)などです。

基準(2)発病前約6か月の業務による「強い」心理的負荷

精神障害が発病する前の約6か月間に、業務による「強い」心理的負荷があったことが必要です。

どのような心理的負荷が、どの程度の「強さ」と評価されるかは、前記通達の「別表1:業務による心理的負荷評価表」に分類されています。

たとえば、次の各ケースは、「特別な出来事」として、心理的負荷は「強」と評価されます。

  1. 生死にかかわる、極度の苦痛を伴う業務上の病気やケガを負った場合
  2. 永久に労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガを負った場合
  3. 故意ではなく、他人を死亡させたり、生死にかかわる重大なケガを負わせた場合
  4. 強姦行為や、本人の意思を抑圧した、わいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた場合
  5. その他、これらに準ずる程度に心理的負荷が極度と認められる場合

上記のような特別な出来事に該当しない心理的負荷については、その事案の具体的な事情に応じて、心理的負荷を「強」「中」「弱」の三段階で評価します。
たとえば、ノルマを課されたケースでは、ノルマの内容、困難性、強制の程度、達成できなかった場合の影響、ペナルティの有無等、その後の業務内容・業務量、職場の人間関係等を考慮して総合評価します。

具体的には、①ノルマではなく達成が強く求められない業績目標に過ぎない場合や同種の経験等を有する労働者ならば達成可能な程度のノルマだったという場合、心理的負荷は「弱」であり、②客観的に相当な努力があっても達成困難なノルマで重いペナルティも予告されたという場合の心理的負荷は「強」、③容易ではないものの、努力すれば達成可能なノルマなら心理的負荷は「中」と判断されます。

基準(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因

対象疾病の精神障害を発病していても、それが業務以外の心理的負荷に基づく場合や、労働者個人の既往症やアルコール依存症などに基づく場合は、業務上の疾病ではありません。

業務以外の心理的負荷については、対象疾病の発病前約6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務以外の出来事につき、その心理的負荷の程度を評価します。どのような業務以外の心理的負荷が、どの程度の「強さ」と評価されるかは、前記通達の「別表2:業務以外の心理的負荷評価表」に分類されています。

例えば、自身が離婚や別居したという場合や、配偶者や子どもが重い病気やケガをしたり、死亡したりした場合は、心理的負荷が強度であると評価され、これが対象疾病の精神障害の原因ではないか否かを慎重に判断します。

個体側要因とは、労働者の既往の精神障害、現在治療中の精神障害、アルコール依存症など、労働者個人に内在している脆弱性・反応性です。これらが認められるときは、それが対象疾病である精神障害の主因か否かを慎重に判断します。

【業務以外の心理的負荷による精神障害として業務起因性を否定した裁判例】
医薬品工場の品質管理係長Aが、うつ病を発症し、自殺に至った事案です。第1審は、うつ病発症および自殺につき、いずれも業務起因性を認めましたが、高裁は、次の事実を指摘して、業務起因性を否定しました

  1. Aは、品質管理の責任者として、現場のトラブルに対応する必要があったが、トラブル処理は平均して3~4日に1回程度であり、一般的に強度の心理的負荷を伴う業務ではない
  2. Aが他に担当していた規格書改定作業も、集中すれば1~2日でできる単純作業であり、専門知識も不要で、一般的に強度の心理的負荷を伴う業務ではない
  3. 時間外労働も、1か月当たり13時間から19時間程度で、休日出勤をしても代休を取得しており、長時間というほどではない
  4. Aは、株取引によって、わずか3か月間で、当時の年収に匹敵する約800万円の損失を被り、大きな心理的負荷を受けたことが、うつ病発症の決定的原因であり、業務に起因するものではない東京高裁平成19年10月11日判決・さいたま労基署長(日研化学)事件・労働判例959号114頁)。

4.長時間労働による精神障害の労災認定基準

長時間労働による精神障害については、発病前の一定期間における長時間労働の程度によって、心理的負荷を評価します。

【心理的負荷が「強」とされる例】

対象期間長時間労働の内容
①発病直前の1か月約160時間を超える時間外労働(法外労働)。ただし、労働密度が特に低い場合は除く(例:休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等)。
②発病直前の1か月に満たない期間(例:3週間)上記①と同程度の時間外労働(例:約120時間以上)。ただし、労働密度が特に低い場合は除く。
③発病直前の2か月間連続1月あたり、約120時間以上の時間外労働(業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合)。
④発病直前の3か月間連続1月あたり、約100時間以上の時間外労働(業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合)。

それ単体では心理的負荷が「強」とは評価できない出来事であっても、その出来事の前後に、恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)があった場合には、これを加味して、心理的負荷を「強」と評価する場合があります。

例:はじめての土地への転居を伴う勤務場所の変更があって、新しい業務への対応も容易とはいえなかった場合、通常、心理的負荷は「中」程度と評価されるが、この転勤の後に月100時間程度となる時間外労働が存在した場合は、心理的負荷は「強」と評価される。

【業務による心理的負荷による精神障害(うつ病)を認めた裁判例】
システム会社の労働者の自殺が業務災害か否かが争われた事案です。第1審は、これを否定しました。

しかし、高裁は、次の理由から、3つの認定基準をすべて充たす、業務による精神障害と認めました。

  1. 業務災害の対象疾病である「軽症うつ病エピソード」(ICD-10第Ⅴ章・F32)を発病していること
  2. 発病した平成15年8月末より前の同年4月に部門長に昇進し、同年2月約76時間、3月約108時間、4月約85時間、5月約83時間、6月約98時間、7月約84時間という時間外労働をしており、恒常的長時間労働(月100時間)には足りないとしても、総合的に評価すれば、発病前約6か月間に、業務による強い心理的負荷があったといえること
  3. 業務以外の心理的負荷・個体側要因による発病とは認められないこと

さらに高裁は、自殺という結果と業務の因果関係も肯定し、遺族からの遺族補償給付等の請求を認めました大阪高裁平成25年3月14日判決・天満労基署長(CSKうつ病自殺)事件・労働判例1075号48頁)。

5.パワハラによる精神障害労災認定基準

上に説明したとおり、精神障害の認定基準では、発病前約6か月の間に起こった出来事について、業務による心理的負荷を評価します。

しかし、パワーハラスメントやセクシャルハラスメント、いじめのように、心理的負荷のかかる出来事が繰り返されるものについては、継続する限りは負荷がかかり続けますから、繰り返しの出来事を一体として捉えて評価します

ハラスメントやいじめが開始されたのが、発病の約6か月よりも前であっても、それが発病まで継続しているのであれば、ハラスメントやいじめが開始された時点からの出来事を心理的な負荷の評価対象とします。

【パワハラの例】:部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定する言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた場合、心理的負荷は「強」と評価されます。

6.脳・心臓疾患の労災認定基準

脳・心臓疾患による労災認定基準も厚生労働省の通達(※)で定められています。

※厚労省通達:「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(基発0914号第1号・令和3年9月14日)

6-1. 脳・心臓疾患の労災認定基準の対象疾患

脳・心臓疾患の労災認定基準は、次の疾患を対象とします。
(1)脳血管疾患
①脳内出血(脳出血)、②くも膜下出血、③脳梗塞、④高血圧性脳症

(2)虚血性心疾患等
①心筋梗塞、②狭心症、③心停止(心臓性突然死含む)、④重篤な心不全、⑤大動脈解離

6-2. 脳・心臓疾患についての労災の基本的な考え方

自然的経過を超える病変の増悪

脳・心臓疾患は、長い年月の生活の中で、動脈硬化・動脈瘤・心筋変性などの病変が徐々に形成されていき、それが進行し、増悪して発症します。これが自然的な経過です。

ところが、業務による、明らかに過重な負荷が加わることで、これらの病変が通常の自然経過を超える著しい増悪をきたし、脳・心臓疾患を発症させる場合があります。そのような場合が業務に起因する疾病と判断されます。

業務による明らかに過重な負荷

業務による明らかに過重な負荷か否かの判断には、①発症に近接した時期における負荷と、②長期間にわたる疲労の蓄積を考慮し、業務量(例:労働時間の長さ等)、業務内容、作業環境等を具体的かつ客観的に把握し、総合的に判断します

【業務による過重負荷で、脳動脈瘤が自然経過を超えて増悪したと認めた最高裁判例】
損害保険会社の支店長付の運転手Aが、業務で走行中、くも膜下出血を発症して休業し、労災の休業補償給付を請求した事案です。原審は、加齢とともに自然増悪した脳動脈瘤が、たまたま運転業務中に破裂したものに過ぎず、業務起因性がないとしました。

しかし、最高裁は、①Aの業務が精神的緊張を伴うこと、②支店長の都合に応じて不規則であること、③早朝から深夜にかけて長時間拘束を受け、1日平均7時間以上もの時間外労働であったこと、④発症の前日は午前6時ころ出庫し午後11時ころまで車を修理し、わずか3時間半程度の睡眠で午前5時ころ業務を開始したことなどの過重な精神的・身体的負荷があった事実を指摘し、自然増悪による脳動脈瘤の破裂ではなく、業務の負荷で発症に至ったと認定し、休業補償給付を認めました最高裁平成12年7月17日判決・横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件)。

6-3. 脳・心臓疾患の労災認定基準

脳・心臓疾患の具体的な労災認定基準は次のとおりです。

3つの過重負荷

次の(A)長期間の過重業務(B)短期間の過重業務(C)異常な出来事という3つのいずれかに該当する過重な負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱います。

(A)長期間の過重業務

発症前の長期間(発症前約6か月)にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(通常の所定労働時間内の所定作業内容に比較して特に過重な身体的・精神的負荷を生じさせる業務)に就労したことです。

業務の過重さについては、次の諸要素を考慮して総合的に判断します。

  1. 長時間労働
  2. 不規則な勤務時間
  3. 出張など移動の多さ
  4. 心理的負荷を伴う業務(例:「人命や人の一生を左右しかねない重大な判断や処置が求められる業務」や「極めて危険な物質を取り扱う業務」)
  5. 作業環境(高温、酷寒、騒音など)

特に、長時間労働については、(ア)発症前1か月ないし6か月間にわたり、1か月当たり約45時間を超えた時間外労働があるときは、その時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性は徐々に強まると評価でき、(イ)発症前1か月間の約100時間を超える時間外労働、または発症前2か月間ないし6か月間にわたり、1か月当たり約80時間を超える時間外労働があるときは、業務と発症との関連性が強いと評価されます

(B)短期間の過重業務

発症に近接した時期(発症前約1週間)において、特に過重な業務に就労したこと

業務の過重さについては、「長期間の過重業務」の場合と同様の諸要素を考慮して総合的に判断します。

特に労働時間については、①発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合や、②発症前に約1週間継続して深夜時間帯におよぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合などには、業務と発症との関係性が強いと評価されます

(C)異常な出来事

発症直前から前日までの間(24時間以内)において、発生状態を時間的および場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと。

異常な出来事とは、それによって急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こすことが医学的にみて妥当と認められる出来事であり、例えば、次に掲げる出来事です。

  1. 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態
  2. 急激で著しい身体的負荷を強いられる事態
  3. 急激で著しい作業環境の変化

業務と発症の関連性が高いと評価される「異常な出来事」の具体例

  1. 業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合
  2. 事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
  3. 生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
  4. 著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合
  5. 著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合

7.腰痛の労災認定基準

腰痛の労災認定基準も、厚生労働省の通達(※)で定められており、その基準は、①災害性腰痛②非災害性腰痛に分けられています。

  1. 災害性腰痛とは、業務遂行中の腰部の負傷または腰部への突発的な力の作用によって生じた腰痛です。
  2. 非災害性腰痛とは、腰部に過度の負担がかかる業務による腰痛です。

※厚労省通達:「業務上腰痛の認定基準等について」(基発第750号・昭和51年10月16日)

7-1. 災害性の原因による腰痛(災害性腰痛)

災害性腰痛の労災の認定基準は、次のとおりです。

災害性腰痛の労災の認定基準

基準①:業務上のケガ(転倒、転落などによる腰部の負傷)や、急激な力の作用で筋・筋膜・靱帯等の内部組織が損傷したことに起因して労働者に腰痛が発症した場合であること

基準②:次の(A)および(B)の両方をみたすこと
(A)「腰部の負傷」または「腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作と異なる動作による腰部に対する急激な力の作用」が、業務遂行中に、突発的な出来事として生じたと明らかに認められるものであること。
(B)腰部に作用した力が腰痛を発症させ、または腰痛の既往症もしくは基礎疾患を著しく増悪させたと医学的に認めるに足りるものであること。

基準③:医学上療養を必要とするとき

災害性腰痛の具体例

  • 重い物を運搬する作業中に転倒してしまった場合や、重い物を2人で運んでいる途中で、1人の肩から荷のベルトがはずれてしまった場合のように、突然の出来事により瞬間的に腰に重い負荷がかかったというケース
  • 荷物などを持ち上げようとしたときに、それが予想に反し著しく重かったケース、逆に予想外に軽かったケース、膝を曲げて腰を落とすことをせず、腰を曲げただけなどの不適当な姿勢で重い物を持ち上げようとしたケースなど

災害性腰痛と「ぎっくり腰」

いわゆる「ぎっくり腰」は日常的に普通の動作をしているだけでも発症することがあり、その場合は、「通常の動作と異なる動作」という要件を充たさないので、仕事中の発症でも業務起因性はありません。しかし、たとえ「ぎっくり腰」であっても、業務中に通常の動作と異なる動作で腰部に急激な力が加わった結果であれば、業務起因性は認められます(参考文献:労働調査会出版局編「労災実務担当者必携・新労災保険実務問答」労働調査会・192頁)。

7-2. 災害性の原因によらない腰痛(非災害性腰痛)

非災害性腰痛の労災の認定基準は次のとおりです。

非災害性腰痛の労災の認定基準

基準①:重い物を取り扱う業務など、腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合であること

基準②:その労働者の作業態様・従事期間・身体的条件からみて、その腰痛が業務に起因して発症したものと認められること

基準③:医学上療養を必要とするものであること

非災害性腰痛の具体例

具体例(1):腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(3か月から数年)従事する労働者に発症した腰痛

この「腰部に負担のかかる業務」とは、次のようなものです。
(イ)約20kg以上の重量物または軽重不同の物を、繰り返し中腰で取り扱う業務(例:港湾荷役)
(ロ)腰部にとって極めて不自然・非生理的な姿勢で、毎日数時間程度行う業務(例:電柱上の配電工事)
(ハ)長時間にわたって腰部の伸展ができず同一の姿勢を持続して行う業務(例:長距離トラック運転手)
(ニ)腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務(例:建設重機オペレーター)

具体例(2):重量物を取り扱う業務または腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に、長期間(約10年以上)にわたり、継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛。ただし、胸椎・腰椎に著しく病的な変性(通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるもの)があることが必要です。

この「重量物を取り扱う業務」とは、約30kg以上の重量物を労働時間の3分の1程度以上取り扱う業務および、約20kg以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務をいいます。また、これら以外の業務であって、これらと同程度以上腰部に負担がかかるのは「腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務」です。

8.通勤災害の労災認定基準

通勤災害とは、労働者の通勤による負傷、疾病、障害、死亡をいいます(労災保険法7条1項2号)。

8-1. 通勤とは

通勤に該当する移動とは

通勤災害の「通勤」とは、労働者が就業に関し、次の移動を合理的な経路・方法でする場合で、業務の性質を有しない場合を指します(労災保険法7条2項)。

  1. 労働者の住居と就業場所の往復
  2. 就業場所から他の就業場所への移動
  3. 労働者の住居と就業場所の往復に先行または後続する住居間の移動(例:単身赴任先のアパートと、家族のいる自宅の間の移動:労災保険法施行規則7条)

合理的な経路・方法

「合理的な経路」とは、一般に労働者が用いる経路のことで、平たく言えば、無用な回り道の途中での被災は保護されないということです。交通機関のストライキで通常とは異なるルートで出勤した場合や、忘れ物を取りに自宅に戻った場合などは合理的な経路と言えます。

「合理的な方法」とは、これも平たく言えば、飲酒運転や無免許運転などでの移動中の被災は保護されないということです。

不合理な経路・方法でない限り、会社に届出しているものと異なる経路・方法でも保護の対象となります。

通勤の逸脱・中断

通勤の途中で「逸脱」や「中断」があれば、逸脱・中断をしている最中や、その後の移動は保護対象となりません(労災保険法7条3項)。「逸脱」とは、途中で就業や通勤と無関係な目的で合理的な経路を逸れることで、「中断」とは、通勤の経路上で通勤と無関係な行為を行うことです。例えば、退勤後に居酒屋に立ち寄って食事をすれば、食事中およびその後の移動は通勤に該当しなくなります。

逸脱・中断の例外(些細な逸脱・中断)

通勤経路の近くの公衆トイレの利用、経路近くの公園での短時間の休息、経路上の店舗でのタバコ・雑誌の購入などのような、ごく些細な逸脱・中断は問題とされません(平成18年3月31日基発第0331042号)。

逸脱・中断の例外(日常生活上必要な行為)

日常生活上必要な行為でやむを得ない最小限度の逸脱・中断は、その行為中に事故の被害にあっても保護されませんが、その行為を終えて経路に戻れば、再び、通勤災害として保護の対象となります(労災保険法7条3項)。
日常生活上必要な行為とは、次の場合です(労災保険法施行規則8条)。

  1. 日用品の購入その他これに準ずる行為
  2. 職業訓練、学校教育、職業訓練を受ける行為
  3. 選挙権の行使その他これに準ずる行為
  4. 病院・診療所において診察・治療を受けることその他これに準ずる行為
  5. 要介護状態にある家族(配偶者、子、父母など)の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る)

8-2.通勤の危険が現実化したこと

通勤災害は、「通勤による」負傷などですから、通勤に通常伴う危険が具体化した被災と評価できることが必要です。例えば、自動車による通勤で交通事故に遭遇したり、電車による通勤で脱線事故に遭遇したりすることは、自動車通勤、電車通勤に通常伴う危険が現実化したものといえます。

他方、労働者が、その通勤途中で第三者に殺害されたが、たまたま殺人の犯行の機会として通勤時が選ばれたにすぎないというケースでは、通勤に通常伴う危険が現実化したものとはいえず、通勤災害に該当しません(大阪高裁平成12年6月28日判決・大阪南労基署長事件

9.後遺障害の障害等級の認定基準

業務災害による傷病を治療しても、回復しない症状が残ってしまったときは、その内容と程度に応じて、労災保険から障害補償給付を受けることができます(労災保険法15条)。通勤災害の場合も、同様に障害給付を受けられます(同法22条の3)。その給付内容は、障害補償年金または障害補償一時金です(通勤災害では、障害年金または障害一時金)。

後遺障害の内容と程度は、政令(労災保険法施行規則)の別表第一「障害等級表」に定められています(※)。

※「労働者災害補償保険法施行規則・別表第一・障害等級表」

障害等級1級から7級では、障害の存在する期間中、毎年、障害補償年金が給付されます(なお、別途、福祉事業としての「障害特別支給金」、「障害特別年金」も一時金として支給されます)。

他方、傷害等級8級から14級では、障害補償一時金が給付されます(なお、別途、福祉事業としての「障害特別支給金」、「障害特別一時金」も支給されます)。

例1:「両眼が失明したもの」は、障害等級第1級に該当し、1年につき給付基礎日額の313日分の障害補償年金が給付されます(なお、別途、福祉事業としての「障害特別支給金」として342万円の一時金、「障害特別年金」として算定基礎日額の313日分も年金支給されます)。

例2:片足の指を全部失った場合は、「一足の足指の全部を失つたもの」として、障害等級第8級に該当し、給付基礎日額の503日分の障害補償一時金が給付されます(なお、別途、福祉事業としての「障害特別支給金」65万円、「障害特別一時金」として算定基礎日額の503日分の一時金も支給されます)。

10.労災認定の流れや期間

10-1. 労災の申請は労働者側が行う

労災保険の申請(給付請求)は、被災労働者やその遺族が行うものです(労災保険法12条の8第2項)。会社は、労働者の請求手続が困難なときに助力し、労働者の要求があれば、使用者の証明を要する事項につき速やかに証明する義務がありますが(同法施行規則23条1項、2項)、申請をするのは、あくまでも労働者側です。会社が申請手続を進めるケースは多いですが、労働者側の申請を事実上代行しているに過ぎません。

10-2. 労災の申請から給付までは1か月が目安

労災申請は、労働者が、労働基準監督署に請求書を提出し、これを受け付けた労働基準監督署が事実調査の後、労災に認定するか否かの決定を下します。請求から給付までは約1か月程度が目安とされています。

このように給付が早いのは、被災労働者の保護・救済という制度目的に沿ったものですが、事案によっては、数か月以上の期間がかかる場合もあります。①事実の調査に時間がかかる場合②労働者の主張と会社の主張が対立している場合③請求書などの書類に不備がある場合などです。また、先に説明した精神障害や脳・心臓疾患も、労災の認定に医学的な判断が必要なため、給付まで時間がかかることがあります。

11.労災認定されたときの会社への影響

11-1. 労災認定のマイナス面

業務災害が発生すると、会社側が、ことさらに事実を隠そうとしたり、労災保険の申請に進んで協力しなかったりといったケースがまま見受けられます。労災が認定されると、会社にとってマイナスとなってしまうという意識が払拭できないからだと思われます。

たしかに、労災と認定されると、会社には、次のようなマイナス面があります。

  1. 労働者から、会社側の安全配慮義務違反や不法行為責任を根拠として、損害賠償を請求されるリスクがあります。その場合、会社は、労災保険の給付額ではカバーされない実損害(例:休業補償との差額、逸失利益、慰謝料)の支払義務を負担します。
  2. 労災保険料に、その事業場における労災の多寡に応じて保険料額が増減する「メリット制」が適用される場合、労災認定により、保険料が増加するリスクがあります。
  3. 事案によっては、使用者が業務上過失致死傷罪や労働安全衛生法違反で刑事罰を受けるリスクがあります。
  4. 業種によっては公的機関との取引停止や行政処分を受けるリスクがあります。

11-2. 労災認定のプラス面

労災と認定されることは、決して会社にとってマイナスな面ばかりではありません。業務災害が労災と認定されれば、労働者に対しては、労災保険から各種の給付が行われ、その限度において、使用者は労働基準法上の災害補償義務(労基法75条以下)を免れます(同法84条1項)。仮に会社の資力が不十分であっても、労災保険から一定の給付を受けることができるため、被災した労働者は安心して療養に専念でき、会社側としても大切な従業員を守ることができるのです。労災保険を利用できる場合、会社にとっても大きなメリットがあり、まさに、それが労災保険制度の目的のひとつです。

言うまでもなく、労災を発生させないことが最も大切なことですし、労働者の主張と会社側の認識が相違するときに安易な譲歩は禁物です。しかし、そのような事情がない限り、いったん事故が発生してしまった以上、労災に認定されない方向にばかり目を向けるのではなく、労災保険を活用して従業員の保護を図りつつ、再発を防止するべく、就業環境の整備に尽力することも肝要です。

判断に悩むような場合は、放置したり、独自の判断で手続きを進めたりせず、早急に弁護士や社会保険労務士といった専門家に相談されることをお勧めします。

12.お気軽にご相談ください

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