保護責任者遺棄罪とは?元検事の弁護士が成立要件・罰則・事例等を解説

弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
目次
第1 保護責任者遺棄等罪の概要
保護責任者遺棄等罪とは「保護責任者による被保護者に対する遺棄及び被保護者が生存するため必要な保護をしない行為」を処罰する罪です。
規定は、以下のとおりです。
刑法第218条
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の拘禁刑に処する。
生活するために助けが必要な者に対する遺棄や不保護を処罰する犯罪であるところ、家庭内でのネグレクトや介護放棄といった、家庭の中の問題行為が犯罪に該当し得ることが特徴であり、少子高齢化や虐待問題を背景に、注目される場面が増えています。
保護責任者遺棄等罪が成立するには、以下のことが必要となります。
- 老年者、幼年者、身体障害者、病者に対して(客体の要件「被保護者」)
- 保護する責任のある人が(主体の要件「保護責任者」)
- これらの者を遺棄、又は生存に必要な保護を怠った(行為の要件「遺棄」「不保護」)
第2 保護責任者遺棄等罪の成立要件(構成要件)
1 客体の要件
保護責任者遺棄罪の客体は、条文のとおり「老年者、幼年者、身体障害者又は病者」です。
これに該当するか否かは年齢等により一律に定まるものではなく、客体となるためには「扶助を必要とする者」でなければなりません。
「扶助を必要とする」というのは、「他人の助力なくして自ら日常生活を営むための動作ができないこと」を意味します。
保護責任者遺棄罪の客体には、病気やケガ、アルコールや薬物の影響などで一時的に「扶助を必要とする者」となっている場合も含まれます。
例えば、最高裁昭和43年11月7日決定では「高度の酩酊により身体の自由を失い、他人の扶助を要する状態にある者は、刑法第218条第1項の「病者」にあたる」と判示されており、過度な飲酒により一時的に泥酔している者が保護責任者遺棄罪の客体になり得ることを認めています。
2 主体の要件
保護責任者遺棄罪の主体となるのは、「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者」、すなわち「保護責任者」に限られます。
この保護責任は、法令の規定、契約、慣習、事務管理、条理を基に認められます。
保護責任の有無は、被害者が保護を必要とする経緯や状況、加害者と被害者の関係などを総合的に考慮して判断されますので、被保護者との関係などで一律に定まるものではなく、家族などの関係がある場合に限らず、遺棄等の行為前の行動などから保護責任が生じる場合もありえ、捜査・公判において問題となり得ることが多いです。
①法令に基づく保護責任
保護責任を発生させる法令の例としては、以下のようなものが挙げられます。
・警察官職務執行法3条に規定された警察官の保護義務
・民法829条に規定された親権者の子に対する監護義務
・民法877条以下に規定された親族の保護義務
・道路交通法72条1項に規定された加害者の事故被害者に対する救護義務
ただし、このような法令上の保護義務者が、常に保護責任者遺棄等罪における保護責任を負うものではありません。法令上の保護義務と、保護責任者遺棄等という犯罪の要件となる保護義務とはややレベルが異なるのです。
保護責任の有無は、被害者が保護を必要とする経緯や状況、加害者と被害者の関係などを総合的に考慮して判断されます。
判例が道路交通法に基づき保護責任を認めた事例としては、被害者を助けるために一旦車に乗せた後、気が変わって途中で車から降ろして別の場所に放置した事案があります(最高裁昭和34年7月24日判決)
②契約に基づく保護責任
契約に基づいて保護責任が生じる例としては、医師、介護士、ベビーシッター等が挙げられます。
業務の性質からして、これらの者については、当然に保護義務が発生しているものと考えられます。
ただ、やはり、保護責任の有無については、被害者が保護を必要とする経緯や状況、加害者と被害者の関係などを総合的に考慮して判断されますので、これらの者だからと言って直ちに保護責任があると判断されるわけではありません。
③事務管理に基づく保護責任
事務管理については民法697条に規定があります。規定は、以下のとおりです。
民法第697条
義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
簡単に説明しますと、事務管理とは、法律上の義務がないにもかかわらず他人のために行動を起こしたことを言い、事務管理を開始した者は、法律上、本人のために誠実に行動を継続しなければならないとされています。
判例が事務管理に基づき保護責任を認めた事例としては、義務なくして病人を引き取った事案があります(大審院大正5年2月12日判決。)。
④条理に基づく保護責任
条理に基づく保護責任とは、具体的事情に即して法の精神から保護責任が認められる場合を言います。
明確な根拠がなくとも、具体的な状況から、常識に即して保護責任が認められる場合があると言うことです。
判例が条理に基づいて保護責任を認めた事例には、次のようなものがあります。
・被告人が医師として行った堕胎により出生した未熟児(最高裁昭和63年1月19日決定)
・被告人から覚せい剤を注射されたことにより錯乱状態に陥った少女(最高裁平成元年12月15日決定)
保護責任を認め得るには、次のような場合であることが必要と考えられています。
・行為者自身の先行行為によって客体となる者を扶助を要する状態にした場合
・行為者が客体を保護する責任を引き受けたと認められる場合
そのため、旅行先で偶然道連れになった場合や旅館が満員になったために相部屋になったという程度の関係では、保護責任は認められないと考えられます。
3 行為の要件
保護責任者遺棄等罪は、保護責任者が「遺棄又はその生存に必要な保護をしなかった」ときに認められます。
「遺棄」とは、一般的に「保護を要する者を保護のない状態に置くことによりその生命・身体を危険にさらすこと」を言います。
保護責任者遺棄罪における「遺棄」には、相手を場所的に移転させることのほか「置き去り」のような、相手を危険な場所にそのままにして立ち去ることも含まれます。
裁判例に現れた「置き去り」の事例としては、次のような事案があります。
・夫が病気のため起居の自由を失っている妻を残して失踪した事案(大阪地裁昭和39年11月5日判決)
・母親が14歳から2歳までの実子4人を自宅に置き去りにするなどした事案(東京地裁昭和63年10月26日判決)
「その生存に必要な保護をしなかった」とは、場所的に離れることなく、要保護者が生存していくために必要な保護をしなかったことを言います。
これは「相手の生存のために必要な保護行為として法律上期待される行為をしなかったこと」を意味しますが、何が必要な保護行為なのかは、保護を要する原因の性質・内容、保護責任者と被保護者の各立場、両者の関係等に照らして個別具体的に判断されることになります。
判例に現れた「その生存に必要な保護をしなかった」事例としては、次のようなものがあります。
・2歳の養子に十分な食事をさせるなどしなかった事案(大審院大正5年2月12日判決)
・衰弱して凍傷や骨折により日常の動作が不能になった実子に医師の治療を受けさせなかった事案(最高裁昭和38年5月30日決定)
第3 保護責任者遺棄等罪の罰則
1 法定刑の詳細
保護責任者遺棄等罪の法定刑は、条文のとおり3月以上5年以下の拘禁刑です。
これは、傷害等の結果が発生しなかった場合の法定刑になります。
保護責任者遺棄等罪に該当する行為の結果、傷害や死亡の結果が生じた場合には、後記の保護責任者遺棄等致死に該当することになります。
2 保護責任者遺棄等致死傷罪
保護責任者遺棄罪に該当する行為の結果、相手に傷害や死亡の結果が生じた場合には、保護責任者遺棄等致死傷罪として更に重く処罰されることになります。規定は、以下のとおりです。
第219条 前二条の罪(※遺棄罪及び保護責任者遺棄罪を指します。)を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
この条文により、保護責任者遺棄等罪に該当する行為の結果、相手に傷害の結果が生じた場合には、3月以上15年以下の拘禁刑、死亡の結果が生じた場合には3年以上の拘禁刑に処されることとなります。
第4 保護責任者遺棄等罪に該当し得る事例
実際に保護責任者遺棄罪が問われ得る具体的なケースには、次のようなものがあります。
- 親が乳幼児を、炎天下の車内に放置した事例
- 親が育児放棄をして、乳幼児に対して長期間食事を与えなかった事例
- 介護を要する高齢者と同居する者が、高齢者を長期間自宅に放置して必要な介助をしなかった事例
- 同居する配偶者が急病で倒れたにもかかわらず、救急車を呼ぶなどの必要な措置をとらなかった事例
第5 お気軽にご相談ください
保護責任者遺棄等罪は、日常の中で誰もが直面する可能性のある問題です。
警察に捜査を受けている、家族・親族が逮捕されて対応に困っている―そんなときは一人で悩まず、弁護士にご相談ください。
保護責任者遺棄や不保護、同致死傷は、どのような場合に保護責任があるとされるのか、またどのような行為があれば(あるいはなければ)遺棄や不保護にあたるのかの判断が非常に難しく、一般の方はもちろん、弁護士や検事、裁判官であっても悩ましい場面が少なくありません。
自身の行為が保護責任者遺棄等に当たるのかどうかを把握した上、もし成立しない可能性があるのであれば、ポイントを押さえた的確な主張等をしていく必要もあります。
刑事事件に強い弁護士が、あなたの立場に立って最善の方法を考え、迅速に対応いたします。
まずは、お気軽にご連絡ください。
上原総合法律事務所は、元検事8名(令和7年5月31日現在)を中心とする弁護士集団で、迅速にご相談に乗れる体制を整えています。
刑事事件に関するお悩みがある方は、ぜひ当事務所にご相談ください。
経験豊富な元検事の弁護士が、迅速かつ的確に対応いたします。
弁護士費用
弁護士費用例【保護責任者遺棄事件を起こしたが前科を避けれれた】
着手金:55万円
成功報酬(不起訴):66万円
日当(出張1回):3万3000円
※費用は一例です。弁護士費用は具体的な事案によって異なることがありますので、法律相談時にお尋ねください。