
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
「職業安定法」と聞くと、ハローワークが頭に浮かぶ人が多いでしょう。たしかに、職業安定法は厚生労働省のハローハークが職業紹介等を行う根拠となっている法律です。ただ、ハローワーク以外には何も思いつかない人が大部分ではないでしょうか。
しかし、実は、職業安定法は他にも様々な内容を定めている法律です。ことに、たとえ職業紹介などを事業としていない企業であっても、人材を募集して採用しようとする場面では、必ず関わってくる法律であり、注意をしないと職業安定法に違反してしまうことになりかねません。
そこで、この記事では、職業安定法に規定する内容のごく一部ではありますが、企業が人材募集をする際に知っておきたい職業安定法の基礎知識を説明します。

目次
1.職業安定法とは?職業の紹介と求人に関するルール
職業安定法は、ごく簡単にいえば、職業の紹介と求人に関するルールを定めた法律です。
1-1.もともとは中間搾取等の弊害除去のため職業紹介などを禁止するもの
使用者と労働者が雇用契約を締結しようとする場に第三者の関与を認めると、労働者の知識不足や経済的に弱い立場につけこんで利益を得ようとする者によって、中間搾取・強制労働・人身売買といった弊害が生じる危険があります。
職業安定法の前身である雇用安定法は、このような害悪の防止を主眼とする法律であり、①雇用契約の成立をあっせんする「職業紹介」は国が独占的に行うこととし、民間が行うことはごくわずかの例外を残して禁止し、②他人に、その指揮命令を受けて働く労働者を供給する「労働者供給」は禁止としていました。
1-2. 職業紹介・労働者派遣の解禁で、適正な規制が必要に
今日では、①国が独占していた職業紹介事業は、原則として民間にも自由化され、②禁止だった労働者供給事業も、その一部が、労働者派遣法の規制のもとで民間の事業として許されています。そこで、労働者が不利益を受けないように適正なルールを設定する必要があります。
1-3. 企業自身による労働者募集も労働者保護のルールが必要
職業紹介事業や労働者供給事業によるだけでなく、求人する企業が、自らまたは他者に委託して労働者を募集し、雇用契約を締結する場合も多く、労働者を保護するためには、この場面でも適正な募集が行われるよう規制を設ける必要があります。
このように、職業安定法の主な内容は、①国などの公的機関や民間企業等による職業紹介の基本ルール、②労働者募集の基本ルール、③労働者供給事業の基本ルールを定めたものとなっています。
2.労働者募集、職業紹介、労働者供給
職業の紹介、求人といっても、その方法には多様なものがあります。そこで、職業安定法では、職業の紹介や求人に関するルールを定めるにあたり、その規制対象を明確にするためにいくつかの重要な定義があり、それらの定義は職業安定法を理解するための基礎知識となるのでここでご紹介します。
2-1. 労働者の募集
「労働者の募集」とは、労働者を雇用しようとする者が、自らまたは他人に委託して、労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘することを指します(職業安定法4条5項)。このうち、労働者を雇用しようとする者が、その被用者以外の者に報酬を与えて労働者の募集に従事させようとすることを「委託募集」といいます(同法36条1項)。
2-2. 職業紹介
「職業紹介」とは、求人と求職の申込みを受け、求人者と求職者の間における雇用契約の成立をあっせんすることを指します(職業安定法4条1項)。
これには、スカウト・ヘッドハンティング(求人企業に紹介するために、休職者を探索して、雇用契約の締結をあっせんする行為)を含み(※1)、アウトプレースメント(企業の希望により人員整理対象の労働者の再就職先を探してあっせんすること)も含まれます(※2)。職業紹介を事業として行うには、厚生労働大臣の許可が必要です(同法30条1項、33条1項)。
※1:最高裁平成6年4月22日判決(東京エグゼクティブ・サーチ事件)
2-3. 労働者供給
労働者供給
「労働者供給」とは、供給契約に基づき、労働者を、他人の指揮命令を受けて労働に従事させることのうち、労働者派遣法の適用を受ける「労働者派遣(※定義は後記のとおりです。)」を除くものを指します(職業安定法4条8項)。労働者供給を事業として行うこと、労働者供給を事業として行う者から供給された労働者を自らの指揮命令の下で労働させることは原則として禁止されています(職業安定法44条)
労働者派遣と労働者供給の違い
「労働者派遣」とは、Aが、Aの雇用する労働者Bを、AB間の雇用契約を維持しつつ、他人Cの指揮命令を受けて、他人Cのために労働に従事させることです。ただし、他人Cに対して、労働者Xを他人Cに雇用させることを約してするもの(いわゆる「出向」)は含みません(労働者派遣法2条1号)。
職業安定法4条8項は、労働者派遣に該当するものを労働者供給に含まないと定めているので、派遣元と労働者の雇用関係が維持されているか否か(維持されていれば労働者派遣です。)が、労働者派遣と労働者供給の違いです。
3.募集・採用時に明示すべき項目など
職業安定法の主な内容は、①職業紹介、②労働者募集、③労働者供給事業の基本ルールを定めたものですが、同法の定める内容は、これら以外にも多岐にわたりますし、これらのルールだけでも、全てを説明する紙幅は残念ながらありません。
そこで、この記事では、主として、民間企業が労働者を募集し雇用契約を結ぶ際に、職業安定法違反を犯さないよう、特に注意するべき点に絞って、いくつかご紹介します。
3-1. 労働条件等の明示
求人する企業は、①自ら労働者を募集するときは労働者に対し、②職業紹介事業者に求人を申し込む際は事業者に対し、従事すべき業務の内容および賃金・労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません(職業安定法5条の3第1項、第2項)。
明示するべき労働条件
明示するべき労働条件は、次のとおりです(職業安定法施行規則4条の2第3項1号~9号)。
- 労働者が従事すべき業務の内容に関する事項(業務内容が、将来、変更される可能性のあるときは、その変更の範囲も)
- 労働契約の期間に関する事項(期間の定めの有無、その期間)
- 試用期間に関する事項(試用期間の有無、その期間)
- 有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項(通算契約期間または更新回数に上限の定めがあるときは、その上限)
- 就業の場所に関する事項(就業場所が、将来、変更される可能性のあるときは、その変更の範囲も)
- 始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間および休日に関する事項
- 賃金(次の賃金は除きます。(ⅰ)臨時に支払われる賃金、(ⅱ)賞与、(ⅲ)精勤手当で1ヶ月を超える期間の出勤成績によって支給されるもの、(ⅳ)勤続手当で1ヶ月を超える一定期間の継続勤務に対して支給されるもの、(ⅴ)奨励加給または能率手当で1ヶ月を超える期間にわたる事由によって算定されるもの:労働基準法施行規則8条)
- 健康保険、厚生年金、労働者災害補償保険、雇用保険法の適用に関する事項
- 労働者を雇用しようとする者の氏名または名称に関する事項
- 労働者を派遣労働者として雇用しようとする場合は、その旨
- 就業場所における受動喫煙防止措置に関する事項
上記①のうち業務内容の変更の範囲、④有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項、⑤のうち就業場所の変更の範囲の3点は、2024年4月1日施行の改正職業安定法施行規則において追加された明示事項です。
労働条件の明示方法
明示方法は次のとおりです(職業安定法5条の3第4項、同施行規則4条の2第4項)。
- 書面の交付(手渡し・郵送)
- FAX送信
- 電子メール等の送信
(②および③は、労働者が希望した場合に限ります)
変更事項の明示
いったん明示した内容を変更する場合は、雇用契約を締結する前に、変更事項を明示する必要があります(職業安定法5条の3第3項、4項、同施行規則4条の2第4項)。
3-2. 求人などについての情報の的確な表示
企業が、労働者の募集にあたり、新聞雑誌その他の刊行物に掲載する広告など(インターネット広告を含む)に、求人情報を提供する場合は、虚偽表示や誤解を生じさせる表示をしてはならず、正確かつ最新の内容を保たなくてはなりません(職業安定法5条の4第1項、第2項、同施行規則4条の3第1項~第3項)。これは、2022年10月施行の改正職業安定法で新たに定められた内容のひとつです。
【虚偽の表示の例】
・正社員募集としながら、実際にはアルバイト・パートを募集
・基本給〇万円としながら、実際にはより低額の基本給を予定
【誤解を生じさせる表示】
・基本給のモデル金額に過ぎないのに、あたかも最低保障金額のように表示
・実際に募集している会社ではなく、その親会社の大手企業の募集かのように表示
4.職業安定法違反とは?罰則はある?
職業安定法には、その違反に対して罰則が定められた規定が数多くあります。ここでは代表的なものを紹介します。
4-1. 暴行などによる労働者募集
①暴行・脅迫・監禁・その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段、または②公衆衛生または公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介・労働者の募集・労働者供給を行い、またはこれらに従事したときは、1年以上10年以下の懲役刑または20万円以上300万円以下の罰金となります(職業安定法63条)。
厚労省の「令和4年改正職業安定法Q&A」によると、「公衆衛生または公衆道徳上有害な業務」とは、客を相手に性交類似行為をする業務や、わいせつビデオの女優として稼働する業務などです。
最近ですと、女性を性風俗店に紹介したことが公衆道徳上有害な職業の紹介に当たるなどとして、いわゆるスカウトやホストが検挙されるといった事例もしばしば目にするところです。
4-2. 偽装請負(労働者供給)
偽装請負とは、A社がB社から業務処理を請負い、これを個人事業主Xに下請けさせ、Xが、B社の事業場でB社の指揮命令を受けて業務処理を行っている場合です。XはB社の指揮命令を受けている実態があることから、これは請負ではなく(請負なら発注者からの指揮命令は受けないはずです。)、請負の形式は偽装に過ぎません。
A社は自社と雇用関係にないXをして他人の指揮命令下で働かせているので、労働者派遣ではなく、職業安定法44条が禁止する労働者供給に該当します。
労働者供給は、供給側も受入側も処罰されます。A社とB社の両方とも、1年以下の懲役刑または100万円以下の罰金刑となります(同法64条10号)。事業主である法人の代表者・代理人・使用人その他の従業者が違反行為の行為者の場合、両罰規定により、法人も同じ罰金刑となります(同法67条)。
4-3. 虚偽の条件提示に対する罰則
企業が、虚偽の条件を提示して労働者を募集したときや、公共職業安定所・職業紹介を行う者に求人の申込みをしたときは、6月以下の懲役刑または30万円以下の罰金刑に処せられます(職業安定法65条9号、10号)。両罰規定の適用もあります(同法67条)。
4-4. 無許可職業紹介事業
厚生労働大臣の許可を得ずに、職業紹介事業を行った者は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金刑となります(同法64条1号、5号)。やはり両罰規定の適用もあります(同法67条)。
5.職業安定法に違反しないようにするための対処方法
5-1. 職業安定法を正しく理解する
職業安定法は、普段なじみのない法律であり、職業紹介事業者でない限り、縁のないものと思い込みがちです。しかし、これまで説明したとおり、職業安定法は、企業が労働者を自ら募集したり、職業紹介事業者に求人を申し込んだりする場面にもかかわるもので、無関係ではいられません。職業安定法の基本的な知識は押さえておくべきでしょう。
5-2. 職業安定法違反が発覚したら
職業安定法のルールに違反しても、すべてが罰則の対象となるわけではありません。犯罪となる場合にこれを是正すべきは当然ですが、罰則がない違反であっても放置するのは大きな間違いです。
なぜなら、職業安定法違反に対しては、厚生労働大臣(実際には管轄の都道府県労働局)による指導・助言(職業安定法48条の2)、改善命令(同法48条の3第1項)、是正措置の勧告(同第2項)がなされるからです。
改善命令に違反すると、6月以下の懲役または30万円以下の罰金刑となります(同法65条)。
また、改善命令や勧告に応じなかったときは、企業名を含めて公表されてしまう危険があります(同第3項)。この場合、企業の社会的評価は著しく毀損されてしまいます。
さらに公表されると、ハローワークを含め、職業紹介事業者への求人申込みを受け付けてもらえなくなる危険性もあります(同法5条の6第1項3号、同施行規則4条の5第3項2号)。
このようなリスクを回避するには、指導・助言の段階で、素直にこれに従い、速やかに改善することが肝要です。
6.お困りの方は弁護士へのご相談を
上原総合法律事務所は,元検事8名(令和7年4月1日現在)を中心とする弁護士集団で、迅速にご相談をお受けできる体制を整えています。職業安定法に関してお悩みの方は、お気軽にご相談ください。