
弁護士 上原 幹男
第二東京弁護士会所属
この記事の監修者:弁護士 上原 幹男
司法修習後、検事任官(東京地方検察庁、奈良地方検察庁等)。検事退官後、都内法律事務所にて弁護士としての経験を経て、個人事務所を開設。 2021年に弁護士法人化し、現在、新宿事務所の他横浜・立川にも展開している。元検事(ヤメ検)の経験を活かした弁護活動をおこなっている。
我が国の職場では、未だに有給休暇をとることにネガティブな見方があり、「有給休暇がたまってしまった」という光景は珍しくありません。
しかし、近年では、政府が有給休暇取得率の向上を奨励しているうえ、有給休暇を取りやすい職場か否かは、就職先を選択する際にも重視されています。優秀な人材確保の観点からも、有給休暇取得率を向上させることは不可欠です。
そのための制度として注目されるのが、近年導入された有給休暇の取得義務制度です。これは労働者の求めがなくとも労働者に有給休暇を取得させることを使用者の義務としたもので、我が国としては画期的な制度であり、その活用が望まれます。
この記事では、有給休暇制度の基本的な知識を確認すると同時に、有給休暇の取得義務制度について、義務に違反した場合も含めて、その内容を説明します。

目次
1.有給休暇とは?
1-1. 有給休暇の意義と制度目的
有給休暇とは、労働者に対し、休日以外に、毎年一定日数の休暇を有給で保障する制度です。有給休暇では、労働者は労務提供義務を免れますが、使用者に賃金を請求する権利は失われません。この制度の目的は、労働者に心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するためにあります。
1-2. 有給休暇権の発生と付与日数
正社員の場合
労働者が、①雇入れの日から6か月間継続勤務し、②その間の全労働日の8割以上を出勤した場合には、10日の有給休暇を与えなければなりません(労働基準法39条1項)。
雇入れの日から6か月経過後も勤務を継続すると、下記の表のとおり、1年毎に日数が加算され、最大20日まで有給休暇が付与されます。ただし、全労働日の8割以上出勤の要件を充たさない年があれば、翌年の有給休暇権は発生しません(同法39条2項)。
年次有給休暇の法定日数
勤続年数 | 6か月 | 1年6か月 | 2年6か月 | 3年6か月 | 4年6か月 | 5年6ヶ月 | 6年6ヶ月以上 |
付与日数 | 10日 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日(上限) |
パ-ト、アルバイトの場合
パ-ト、アルバイトのように、勤務時間や勤務日数が正社員より少ない労働者にも、有給休暇は認められます(同法39条3項)。
このうち、①所定労働日数が週4日を超える者、②所定労働日数が年216日を超える者、③所定労働日数が週4日以下でも所定労働時間が週30時間以上の者は、正社員と同じ日数の有給休暇が与えられます。
これ以外の、(ⅰ)所定労働日数が週4日以下で、かつ所定労働時間が週30時間未満の者(ⅱ)所定労働日数が年216日以下の者には、所定労働日数に比例した日数として厚労省が定めた日数が与えられます(同法施行規則24条の3第3項)。
1-3. 有給休暇の付与方法
年休権の発生
労働者が6ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤するという客観的な要件を充たすことで、法律上、当然に、労働者に有給休暇の権利(年休権)が発生します(同法39条1項)。
労働者の時季指定権
労働者は使用者に対し、有給休暇を取得する具体的な時季を指定します。これが「時季指定権」の行使です。使用者は、労働者が時季指定した有給休暇を妨げてはなりません(同法39条5項本文)。
使用者の時季変更権
ただし、労働者から時季指定された有給休暇が実現すると、事業の正常な運営を妨げる場合(例:代替する要員を確保できない)には、使用者は、その時季を拒否し、他の時季に変更することができます。これが使用者の「時季変更権」です(同条5項但書)。
2.有給休暇の取得義務の法律に違反するとどうなる?罰則はある?
2-1. 有給休暇の取得義務とは?(使用者による時季指定)
有給休暇は労働者の権利であり、有給休暇を取得する義務があるわけではなく、また使用者も、労働者から時季指定権の行使がない限りは、有給休暇を与える義務はありませんでした。これが旧来の法制度でした。
しかし、我が国では有給休暇の取得率が著しく低く、年5日未満しか取得しない労働者が非常に多く存在していました。
そこで、取得率を向上させるべく、2018年の労働基準法改正において、有給休暇が10日以上付与される労働者に対し、使用者の方から有給休暇の時季を指定して、年5日の有給休暇を労働者にとらせることとし、これを使用者の法的義務としました(労働基準法39条7項)。
この制度は、「有給休暇の取得義務」と呼ばれることがありますが、労働者の義務ではなく、使用者の義務です。よりわかりやすく表現すれば、「使用者が、その時季指定により労働者に有給休暇を取得させる義務」となるでしょう。
2-2. 有給休暇の取得義務の内容
対象となる労働者と取得日数
使用者は、有給休暇が10日以上付与される労働者に対し、労働者の雇い入れ後、継続勤務6か月が経過した日から1年毎に区分した各期間の初日(※)から1年以内の期間に、有給休暇のうち5日について、労働者ごとに、使用者が時季を指定することによって、有給休暇を与えなくてはなりません(同法39条7項本文)。
※これを「基準日」と呼びます。
ただし、①労働者の時季指定に基づいて与えた有給休暇の日数分、②労使協定による計画年休(同法39条6項)に基づいて与えた有給休暇の日数分は、使用者が時季指定をする義務を負う5日から控除されます(同条8項)。計画年休については、この記事で後に説明します。
労働者の意見の聴取と尊重
なお、使用者が時季指定をするにあたっては、あらかじめ使用者の時季指定で有給休暇を与えることを労働者に明らかにしたうえで、その時季につき、労働者の意見を聴かなければならず、また聴取した意見を尊重するよう努めなくてはならないとされています(同法施行規則24条の6)。
就業規則への記載
休暇に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項です(同法第89条)。したがって、使用者による時季指定については、その対象労働者や時季指定の方法などにつき就業規則に記載する必要があります。記載例については、この記事で後に説明します。
年次有給休暇管理簿の作成・保管義務
使用者は、使用者の時季指定で有給休暇を取得させたときは、労働者ごとに、時季・日数・基準日を明記した「年次有給休暇管理簿」を作成して保存しなくてはなりません。保存期間は、有給休暇を与えた期間の満了後3年間です(同法施行規則24条の7、同附則71条※)。
※労働基準法施行規則24条の7は、「満了後5年間」と規定していますが、同規則の附則71条で、当面の間は3年間とする経過措置が定められています。
2-3. 有給休暇の取得義務の違反
有給休暇の取得義務違反の罰則
使用者が、この有給休暇の取得義務に違反したときは、労働基準法39条7項違反として、30万円以下の罰金刑となります(同法120条1号)。この場合の使用者とは、当該事業場における労働条件を含む労務管理を実質的に決定できる権限を持つ者で、具体的には工場長、支店長、部課長、現場監督などです。ただし、事業主としての会社(法人)も同じ罰金刑とする両罰規定があります(同法121条1項)。
労働者の時季指定による有給休暇の取得を妨げた使用者には、労働基準法39条1項、同5項違反として、30万円以下の罰金刑または6か月以下の懲役刑と定められており(同法119条1号)、それと比較すれば、有給休暇の取得義務違反の方が軽い罪と言えます。
使用者は労働者を現実に休ませない限り義務違反となる
使用者は、有給休暇の時季を指定するだけでなく、現実に労働者を休ませることが求められています。このため、時季を指定しただけでは義務を履行したことになりません。労働者を休ませない限り法39条7項違反となります。
使用者の時季指定に労働者が従わない場合
使用者が有給休暇の時季を指定したのに、これに労働者が従わず、出勤して仕事をしてしまった場合でも、使用者が労働者の労務提供を受領してしまった(つまり「働かせてしまった」)と評価できる場合は、やはり法39条7項違反です(:厚労省「年5日の年次有給休暇の確実な取得・わかりやすい解説」21頁)
3.有給休暇の法律違反が発覚したときの対応方法
有給休暇の取得義務違反を含め、有給休暇に関する法律違反が判明した場合は、速やかに是正する必要があります。通常、労働基準監督署から行政指導を受けますから、素直に従うべきです。
指導を受けたにもかかわらず、改善を図ることなく違反状態を放置すれば、悪質と認定されて検察庁に送検され、社名を公表されたうえで、起訴されて有罪判決を受ける事態となりかねません。
有給休暇の取得義務違反で送検され公表された事案
有限会社丸林洋品店(横浜市)は、労働者が、年次有給休暇の取得を請求したにもかかわらずこれを与えず、かつ、年に5日の年次有給休暇について、その時季を定めることにより与えなかったものとして、令和6年10月22日、送検されたと公表されています(※)。
※「労働基準関係法令違反に係る公表事案(令和5年11月1日~令和6年10月31日公表分)」厚生労働省労働基準局監督課)掲載日令和6年11月29日
4.有給休暇を確実に取得させる方法
これまで説明した、使用者の時季指定による有給休暇の取得義務以外にも、有給休暇を確実に取得させるための方法はいくつか考えられます。
4-1. 計画年休
年休消化の促進には、職場で一斉に休む、交替で休むなどの、職場全体での計画的な年休の実施が効果的です。これを可能とするのが「計画年休」制度です。
過半数労働組合または過半数労働者の代表者との書面による労使協定で年休の時季を定め、これにしたがって年休を与えます。労働者は、労使協定の内容に拘束され、個別の時季指定はできません。ただし、年休日のうち、5日を超える部分だけが、計画年休の対象となり、少なくとも5日分は個々の労働者が自由に指定できます(労働基準法39条6項)。
4-2. 半日休暇・時間休暇制度の導入
有給休暇制度の本来の趣旨からは、労働者を1日単位で完全に休ませることが望ましいですが、休暇取得の促進のために、次のような例外が認められます。
半日休暇
まず、労働者が希望すれば、使用者が、半日単位で分割して付与することも可能とされています。
時間休暇
また、使用者が、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(これがないときは労働者の過半数の代表者)と書面による協定で定めることで、労働者が有給休暇を時間単位で指定し、これに使用者が応ずることが許されます。ただし、時間単位で分割指定できる有給休暇は5日間に限られます(同法39条4項)。
4-3. 有給を取得しやすい環境作り・取得状況の可視化
計画年休制度や使用者の時季指定といった制度は、有給休暇の取得率向上に役立つ制度です。しかし、そもそも有給休暇の取得率が低いのは、何よりも、同僚・上司など「職場への気兼ね」が原因と言われており、このような心理的要因を除去することこそが肝要です。
そのためには、①有給休暇の取得は労働者の権利であり、権利行使は当たり前のことであるという意識を徹底させ、②会社の方針としても、有給休暇の取得率向上は職場環境を改善し、生産性向上に資するものとして奨励するべきです。その一方策として、各労働者、各部署の取得率や取得状況を公表して可視化することも一考に値します。
5.就業規則への記載方法
前述のとおり、使用者による有給休暇の時季指定は、その具体的な内容を就業規則に定める必要があります。例えば、次のような記載が考えられます。
【有給休暇の取得義務の就業規則への記載例】
第〇条(会社の時季指定による年次有給休暇の付与)
①年次有給休暇が10日以上与えられた労働者に対しては、付与日から1年以内に、当該労働者の有する年次有給休暇日数のうち5日について、会社が労働者の意見を聴取し、その意見を尊重した上で、あらかじめ時季を指定して取得させる。
②労働者が、労働基準法39条5項の時季指定権を行使して取得した年次有給休暇または同法同条6項の書面による協定の定めによって与えられた年次有給休暇を取得した場合は、その取得した日数分を前項の5日から控除する。
6.有給休暇に関してよくある質問
以下では、有給休暇に関する、よくある質問について回答します。
6-1. 再雇用の場合の勤続年数
有給休暇権の発生には、「継続勤務」が必要ですが、この継続の有無は、勤務実態から実質的に判断されます。そこで、定年退職後でも、期間を置かずに嘱託などで再雇用された場合、実質的には継続勤務と判断します。
6-2. 有給休暇の「繰り越し」と時効
当年度に未消化となった有給休暇を、翌年度以降に取得する「有給休暇の繰り越し」が認められています(東京地裁平成9年12月1日判決・国際協力事業団事件・労働判例729号26頁)。当年度中の権利行使を要求する法令はありませんし、現実に休む機会を与えることが有給休暇制度の趣旨に沿うからです。
ただし、繰り越しても、翌年度中に消化しないと、時効で権利が消滅してしまいます(同東京地裁判決)。有給休暇の権利は、権利を行使できるときから2年間の消滅時効にかかるからです(労働基準法115条)。
6-3. 有給休暇の買い取り
法定の要件を充たした以上、その労働者には有給休暇の権利が発生していますから、その権利行使を認めないと、労働基準法違反として、6か月以下の懲役刑または30万円以下の罰金刑となります(同法119条1号)。
たとえ、有給休暇を認める代わりに、「有給休暇の買い取り」として、賃金を支払ったとしても、違法であることには変わりはありません。
もっとも、既に有給休暇の権利が消滅している場合に、「有給休暇の買い取り」扱いとすることは労基法違反ではありません。次の各場合です。
①未消化で時効消滅した有給休暇の買い取り
②退職前に消化しきれなかった有給休暇の退職後の買い取り
6-4. 直前の休暇申請
労働者による時季指定権の行使は、いつまでに行うべきかについては、次の二つの考え方があり、定説はないようです。
①使用者が事前に時季変更の要否を検討し、その結果を労働者に告げるに足りる相当の時間を置いてなすことが必要とする考え(東京高裁平成6年3月24日判決・東京貯金事務センター事件・労働判例670号83頁)
②希望する有給休暇日の労働義務発生前(当日の始業時間前)までになすことが必要とする考え
6-5. 取得理由の説明を強制すること
どのような理由で有給休暇を取得し、どのように過ごすかは、労働者の自由であり、使用者の干渉は許されません(※)。労働者が時季指定をする際に、年休の目的・使途を説明する必要はなく、説明がないことを理由として使用者が有給休暇を認めないのは労働基準法違反です。
もっとも、使用者が有給休暇の使途を労働者に質問する行為まで違法となる訳ではありません。もちろん、労働者は質問に回答する義務はありませんし、回答の有無や回答内容にかかわらず、事業の正常な運営を妨げるとして時季変更権を行使しない限り、使用者は労働者による時季指定を拒否できません。
6-6. 有給日の手当はどこまで含めるか
有給手当の算定方法は3種類
有給休暇日に対して支払われる賃金は、通称「有給手当」と呼ばれます。その内容は、就業規則などで定めることが必要ですが、その算定方法として、次の3つが認められています(同法39条9項)。
①平均賃金
②通常の賃金
③健康保険の標準報酬日額(労使協定が必要)
平均賃金と諸手当
平均賃金は、過去3ヶ月間の賃金総額を、その期間の総暦日数で割った金額です(同法12条1項)。この「賃金総額」には、臨時に支払われた賃金や3か月を超える期間毎に支払われる賃金(例:賞与)を除きますが、通勤手当・精勤手当・皆勤手当・通勤定期券代・昼食料補助など諸手当を含めて計算します。
「通常の賃金」と諸手当
通常の賃金は、「所定労働時間の労働をしたときに支払われる通常の賃金」ですが、通達では、臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は算入しない扱いとなっています(昭和27年9月20日基発第675号)。
【裁判例】東京地裁令和2年2月19日判決(日本エイ・ティー・エム事件)労働経済判例速報2420号23頁
深夜手当、日曜祝日勤務手当は、深夜労働や日曜祝日の労働という特別の負担を補償する趣旨であり、実際に深夜労働や日曜祝日労働をしていないときは発生せず、所定労働時間の労働をしたときに支払われる「通常の賃金」には含まれないとしました。
7.お気軽にご相談ください
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